270:恥じらい

シャー


 入ってきて、おもむろにシャワーを身体にかけたようだ。


 あ、そうか。桶が無い……か。洗濯桶とか足洗いの桶とか、その辺の木製製品はこの都市の市場でも各種売られている。適当に買ってきてもらおう。


「失礼します」


 シャワーを浴びる時に既にタオルは外していたが、湯船に入ってきたのは当然全裸だ。本格派だな。松戸。というか、既に遠慮とか無いのな……。まあ、うん、いろんなとこをイロイロと見たしな。いまさらか。


「お邪魔します!」


 森下も来たか……ってマイアがちょっと可哀想なんじゃ……と思ったら、興味津々で覗いている。まあ、うん、参加するには怖いよね。これ。というか、女子高生に……セクハラすぎる。よかった、そんな言葉も無い世界で。


 今日から住み込みでご奉公始めるぞ……と思って来たら、いきなり家主と先輩二人がすっぽんぽんでお風呂入り始めちゃってるんだから。しかもいきなり。


 ふう。でも気持ちいい……。なんだ、この温泉。リラックス効果……半端ないぞ? 魔力や気力がとんでもない量、回復してるんじゃないか?


「この浅い部分は……寝湯も出来ちゃうんですね……三人で足を伸ばして入っても大丈夫な広さのお風呂って……」


「それもスゴイですが、スゴイのは……掛け流しレベルの温泉を掘り当てている所です。以前から準備されていた……ワケではありませんよね?」


「ああ。うん。思いついたの今日の朝だしね」


「御主人様は運もお持ちなのですね……というか……源泉権利者……理想でした……」


 あれ。松戸もイイ感じにポンコツ化してない? これ。


 カモフラージュされているので大丈夫……なのだが、窓の向こうは広大な森だ。深淵の森は……さすがに見えないか。この高さは、一番下では無く、外壁の外側から見ると……二階部分……くらいの高さだろうか?

 遠くまでスゴく見通しがいい……というわけではないのだが、大自然を眺めながら……っていうのがたまらない。ジャングル風呂……ではない。それなりに遠くが見えている。


 ああ。こちらの世界に来て、こんなにゆったりと自然を眺めたことは無かったかもしれない。


 日本人にとって、お風呂は、温泉を楽しむだけで無く、精神的な癒やしも確実にあるな。特にこうして景色も眺められると……効果倍増かもしれない。穴開けて良かった。


 よし、俺は今はこの辺にしておこう。


「温泉はいつ入っても良いけど、湯中り気をつけてね。効能とかは全然判ってないけど、身体に結構良いのは間違い無いと思う」


「はい、その辺は重々」


「貴子さんに鍛えられてるので大丈夫ですー」


「えっとサウナは……あと一時間半くらいは余裕で熱いかな。その後は、自然に消えて冷えるはず」


 ドアを開けてチラッと確認する。変な不具合は……起こってないな。


「はい、畏まりました」


 さすがにアレなので、腰にタオルを巻いて、外に出る。


 マイアが恥ずかしそうに……目隠ししながら下がる……っていや、定番だけど、それ、良く見えてるよね。


「とりあえず、俺は出るから、マイアも二人と一緒に入ったらいいよ」


「あの……これは……」


「ああ、この都市というか、この国だとお風呂の風習が無いみたいだから最初は恥ずかしいか。えーっと。あのお湯に裸で入って、身体を浸けて楽にしてると、いつの間にか、身体が癒えるっていう、身体の治療にも役に立つ施設で、お風呂っていうんだよね」


「おふろ……」


「まあ、普通に男女は別に入るんだけど、あの二人は俺がいても入りたいくらい、お風呂が好きみたいでさ。今なら二人にお風呂の良い所を教えてもらえるから、俺が出たら入っちゃいな」


「は、はい」


 あ、そうか。


「これ、一緒に持って入って。使い方は二人がよく知ってる」


「はい……」


 更衣室の台に、プッシュ式のケースに入った、シャンプーとコンディショナー、そしてボディソープを置いておく。向こうの世界で買ってきておいた物だ。


 入れてもらった冷たいお茶を片手に、居間のソファに寝っ転がる。


 ふう……何で今までで、これを、風呂を忘れてたんだろう……。こんな極楽、忘れてるなんてあり得ないじゃ無い。拠点としてこの工房をゲットした最初に、風呂を作るべきだった。なんか、忘れてたんだよなぁ。


 郷に入っては郷に従え……すぎたかな。俺、結構受け容れちゃう派なんだな。流れで。きっと。


 しばらくして。


「御主人様! より一層、御奉仕させていただきます」


 うん、松戸。真剣味が怖いよ……。


「貴子さんの夢は、秘湯温泉旅館の奥様でしたから……もう、逃げられないと思いますよ? 御主人様」


「そ、そう……」


 まあ、に、逃げませんけど。なので、平気ですけど。


「あ。マイアは? 平気だった?」


「スゴく気持ちがいいって言ってましたよ? まあ、慣れないお湯に短時間なのにちょっとクラッと来てたので、あのベンチで休んでからおいでと言って、座らせてます」


 それはそうだろうね。というか、これまで一度もお風呂に入ったことないんだから……嫌いにならないといいけど。


「とはいえ、いいでしょ? あれ?」


「はい! 最強かもしれません! 自分が知る限り、景観も、効能も、最強です!」


 松戸の森下化が酷い。




 

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