265:油とお湯
さて。
さしあたって……メイドズには早急なこちらの世界の基礎設定を説明出来た……と思いたい。他にも何かあったか……考えても思いつかない。ならもういいや……という感じ。
「最近、女神の祝福がこの都市に舞い降りてるって言われてます」
みんな揃ってティータイムである。窓から入る日の光で、部屋は非常に明るい。
この世界の建造物、特に壁周りや城、教会等の都市の基礎建造物は「日の光」が尋常じゃ無く考慮されている。城砦という壁が、日陰を生み出す構造上、建物の設計の中で、その価値が高いんだと思う。
この工房も例外じゃ無い。
というか、この工房は都市のハズレ……大体、北西ぐらいに位置している。壁際で、うちの建物の分だけ厚くなっている感じだ。建物自体に角度が付いていて、朝、日の出から、東からの太陽の光が部屋に入るようになり、午後になるまで光に照らされる。
「女神の祝福っていうのは夜明るいってこと?」
「ええ、それと、合わせて、最近、ひったくりとかスリ、恐喝なんていう昼間から普通に頻発していた犯罪がもの凄く減って。なんでも犯罪を犯そうとした人は必ず転ぶんだそうです。警備隊の人達が来るまでずっと……噂ですよ? 犯罪者にならないと判らないことなんで~」
「へー」
「それはスゴイですね」
二人の目が。痛い。森下は「さすゴシュ」な顔もしている。
「なので、女が買い物に行くのも容易くなって。最近、女性の姿が凄く多くなってるんです。都市中で。市場で自分の思いのままに買い物できるって凄く楽しいですよね!」
マイアの笑顔が眩しい。それはとても良かった。
しかし、既にそんな現象が起こるくらい効果が出てるのか。半年……早くてもあと数カ月はかかると思ってたんだけどな。
「なので、朝一で市場に行って、あらかた注文してきましたので、そのうち届くと思います。こんな感じでよろしんですよね?」
「ああ。松戸、荷物が届いたら支払いよろしくね」
「畏まりました」
松戸、森下には既に、生活費……というか、生活に必要な物を買う為の費用を渡してある。
「買ったのは食材関係のみ?」
「え、あ、はい。肉と野菜ですね。香辛料や塩はあるとのことでしたので」
うんうん。あるさ! 油も! とりあえず、壺に入ってるのはサラダ油と、ごま油と、オリーブオイルって俺の趣味ね! 実は既にサラダ油はハルバスさんにも格安で売ってるけど。
こちらの世界、油は基本、獣油、魔獣油となる。これが結構臭いがあってキツイ。灯り用もそうだが、食用に使用しているものも、厳しい。
そもそも、こちらでは、食用の油は、肉の脂身から取れる物を、その都度使用している程度らしい。油は臭いがあるので食用としてはそれのみで存在するものではない様だ。
植物油は存在しない。少なくともハルバスさんは知らなかった。菜種油系の、植物や花を絞れば取り出せる系の油はこっちの世界でも普通に存在すると思うんだけどな。やってないのな。確かダンジョンで採集用にしている森エリアなんかでゲット出来そうなんだけど。
なので、煮物、焼き物くらいしか料理のバリエーションが無いのだ。
そんな中、ハルバスさんは、少ない油で揚げ物の様な焼き方をしていたり、香草を入れるタイミングを工夫していたり、パンにタレを染みこませて、固いパンを美味しく食べる形を模索したり……と、自らのスキル以上の工夫をしていた。
だから、美味しかったのだ。マイアさんがどうのとか別に、あの宿を紹介してくれた商人ギルドは感謝しか無い。
ということで、ぶっちゃけ、ハルバスさんは現在、世界最高峰の料理人になりつつある……と思う。
いや、帝国の宰相がどれだけ上手い物を食べているか判らないし、もしかしたらもっとスゴイ料理人がいるかもだけど。知らんし。
「マイア、ハルバスさんに色々聞いてきた?」
「はい! 焼き物、煮物……そしてサノブ様から聞いた、揚げ物、蒸し物、そして……野菜などを「生」で食べるサラダ」
「うん、松戸と森下はその融合の行き着く先を、作れないけれど「知ってはいる」から、彼女達に食べたい物やその作り方を聞けば、大体の所は判るハズだ」
「あ、え。お二人は……」
「ああ、俺の出身地から連れてきた」
「判りました! よろしくお願いします!」
「んじゃ、台所、既に色々と設置してあったり、置いてあったりするから、二人ともマイアに解説よろしくね」
「畏まりました」
三人が台所に行って……なんかキャッキャうふふしてるのを横目に、俺は水場……へ向かう。そう。この工房には、フジャ亭にあったのと同じ、水浴び場? の複数人同時利用版が設置されている。シャワーの無い、排水設備のみのシャワー室だ。染色工房で、仕事が終了した後、汚れた身体を一斉に綺麗にして、それから帰る感じだったのだろう。
まあ、実用的か。うん。そうだよね。でも。
これは味気ない。日本人的なら全員が全員思うだろう。日本で当たり前の、そう、風呂が無い。
こちらの世界の人は温かいお湯に浸かる……という行為自体が存在しない。井戸の水を汲んでの水浴びはある。そして、泉や川などで身体を清めるっていうのも存在する様だ。
だが、お湯に浸かる……が無い。そもそも、お湯で身体を拭くというのが贅沢な行為らしい。
ということで。まずはこの水場……広さは10畳くらいか。の壁と天井を全面的に硬質化させる。大理石かの様にツルツルすべすべ、冷たい感じに仕上がった。排水はこれまで通り、床に穴が空いていて、それが排水路に続いている。
排水路に流れた汚水は「浄化」の魔道具で綺麗にされる。このシステムは、中途半端にいじらない方が良いだろう。改良しようとして全体的に動かなくなったりしたら、大事だ。
床も……とりあえず、硬質化しておくか。タイルみたいな感じだから、水場にピッタリな気がするし。カビたり腐蝕したりも防げるんじゃないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます