255:侮れないよ

 実は……まだ、ディーベルス様に報告していないが、カンパルラで夜光都市として街灯整備を行い始めてからここ、数週間。


 拉致監禁事件は、発生していない。


 全て、先ほどの犯罪者転ぶシステムで、転ばしているからだ。


 それこそ……某御令嬢が、馬車で移動中。前方を塞ぐ、馬車。車軸にひびが入った……と言って足止めして、御令嬢側の御者が「手伝えることはあるか?」と近付いた際に……護衛を斬殺して、令嬢を拉致監禁する予定だったらしい。

 まあ、だが、このケースでは、御者が近付いて来た所に剣を振り上げた瞬間、そいつが不自然に転んだ。明らかに殺人未遂なので、容赦は無い。前頭部にシロにコントロールを任せている魔道具から、「ブロック」相当の「透明な箱」が顔面を弾き飛ばす。

 襲撃者は後頭部を叩きつけられて……まあ、そのまま死ぬ可能性もあるかもしれないが、意識を失う。


 この世界の人は魔力による加護が与えられている。女神の力が無くなりつつある今でも、それは残っている。なのでそれなりに派手にダメージを与えても、大丈夫みたいなので、結構派手にやっている。


 この世界の誘拐監禁事件は非常に多い。都市内で生活している者が、あっという間に拉致監禁されていく。特に馬車を使用したヤツは……まあ、うん、向こうの世界でよーく知っている、アイツらの手口と大きく変わらない。というか、全く同じだ。

 シロが転ばす前は、一日に十人弱の、罪のない市民が拉致られていた。


 それこそ、周到に準備された誘拐計画は、王都の学園と、自分の王都の家の往復の最中に、襲われ、多大な身代金を請求された……なんてケースが山ほどある。


 思い通りにいかないと、当然、御令嬢は乱暴され、下手すれば殺され、又は他国に性奴隷として売り払われる。


 さすがに王都での高位貴族令嬢に対する犯罪行為は早々発生しない様だが、それでも、一年に二、三回はある様だ。


 そんな拉致監禁、地方都市であるカンパルラでも当然の様に発生していた。


 なので、この世界では、家の外に女性はほぼ出かけないし、買い物もしない。外での用向きは、全てが男性の仕事だ。よほど……よほど、腕っ節に自信があれば別なのだが、深窓の令嬢とはよく言ったモノだ。


 向こうの世界でも、中世の都市文化では、その手のヤツラにとって、女性は商品でしかなかったので、迂闊に外を出歩くことは無かったって文献で読んだ気がする。確か。


「御主人様。さて。ここは異国? ということでしょうか?」


「貴子さん、異国じゃ無くて異世界だよ! 異世界! 御主人様は異世界転移能力系主人公だったのですね! それは、当然、異世界俺なんかやっちゃいました? 系天然ハーレムもてもて主人公ってことですね! だから、あんなに強かったのですね! なのですね?」


 森下が……饒舌だ。というか、掃除してて外でも見たのだろうか。


「なんで異世界なの?」


「上の階を掃除しながら、窓を開けて外をよく見てしまいました! そしたら、明らかに、明らかに! 異世界、これぞ、異世界、剣と魔法の異世界!」


「森下……そういうの好きだもんね」


「ああ、理解が早くて嬉しいよ。主人公はともかく、ここは異世界だ。そして、俺は、ここと、日本を自由に行き来できる」


「おおう! す、すごすぎる。あ。ヨダレが」


 いや、森下はどちらかといえば、クールビューティー系でしょうに……。松戸もだけど。……ちなみに、俺の拙い女性の外見判断的に言うと、森下は長髪クールビューティ。松戸は短髪クールビューティだ。


 松戸、森下は……傀儡師の呪いによってまともに喋れなかったこともあって、一時期、話し方がおかしかった。特に森下は向こうの世界では、うまく喋れなくて、片言な感じで話していたのに。


「……なんか饒舌になった?」


「あ。そういえば……なんか、普通に喋れてます……。異世界だから? 異世界効果?」


 呪いは解けてたわけだから、多分、気持ちの問題だったんだろうな。


「……こうなるとうるさいですよ、この娘……昔を思い出しました……本格的コスプレ好きの超絶オタクですから」


 松戸が呆れた顔でお茶を入れてくれた。


 ああ。


「旨い……これだけでも、君らをこちらに連れてきた甲斐があったな」


「ありがとうございます」


「ご、御主人様は、こちらの世界で何を? 勇者とかでしょうか? それも似合う! 似合いすぎる! ステキ」


「勇者のハズないじゃん……うーん。とりあえず、異世界で適度に自由に暮らして行ける様に、この拠点を手に入れたところ……かな?」


「お、おおー異世界転移二重生活スローライフ満喫系ってことでしょうか」


「……そうやってまとめられるとなんとなく悲しいけど、その通り。あまり責任とか自分に降り懸かってこないように、動いてるよ」


「さ、さすがです! そ、そうですよね! 勇者とか面倒ですし、下手に活躍して貴族とか責任重大ですし、ましてややり過ぎて国王とかに祭り上げられても困りものですものね! 片手間で出来る仕事じゃないですし」


「お、おう……そう……だよな。うん。その通り……」


 やべぇ……そういう可能性もあったのか……いや、あったな……マジデ。責任逃れの為だけに、その場その場で対処してたけど……運良くそっちに流れてただけで……。ドラゴン倒しちゃってるし。俺。というか、称号とかあったら多分、今、「ドラゴンスレイヤー」だし。


 森下のオタク知識……侮れん。 


 

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