243:一族の根幹

 魔法鞄から、まとめて置いた初級回復薬のケースを取り出した。このケースには四段、四百のポーション瓶が収められている。


 それを五つ。


「こ、これは……」


「初級体力回復薬が二千本。そして。中級体力回復薬が百本となります。それ以外は、正直、今後の流れ次第で適度に流通させていかないとなのかな……と」


 さらに中級を一ケース。


 まあ、圧巻だよね。そして、それとは別に。ドノバン様の前に一ケース。


「そのケースは、ドノバン様が自由にお使いください。それこそ、この領騎士団にも、過去の戦傷で苦しむ者がいるでしょう。腕が動きにくい、足を引きずる程度の後遺症であれば、それで治るはずです。それ以外は……ディーベルス様。お願いします」


「あ、ああ」


 ディーベルス様が一旦出した、ポーションケースを順番に自分の魔法鞄に詰め込んだ。実は、ディーベルス様には俺の魔法鞄の容量少ない版をプレゼントしてある。


「ふう……これは……帝国に対する会議と……こちらのポーションの持込方、全て込みで話せば上手く行かないだろうな……」


「ええ。タダでさえ……ポーションだけでさえ、大事になりそうだと思っていたのに……」


「まあ、その辺は早めにお願いします。ちなみになんですけど、件の宰相さんの作戦……未だ継続中なんですよね……」


「帝国の策略だ! 無視しても……」


「兄上……策略とは言え、我が領が追い詰められているのは正規の契約書であり、正規の手続きでの請求です。それは無視出来ませんし、今後もまだあると想定して……対策を考えて行かなければ……」


「あ、ああ。判っている」


 大丈夫かな……その辺、チグハグにズレちゃうと、この国がさらに面倒なことになるんだけど。


「帝国の策だからと、大もめして……例えそれがひっくり返ったとしても。国内で大きな亀裂が入ります。それを一番避けなければ……」


「そうですね。ディーベルス様の言う通りで。そもそも……リドリス領だけでないですが、商人への借財が多すぎます。それらの証文をまとめられて、正規のやり方で利子を加算させられていけば……大貴族ほど身動き出来なくなるのは、別に策では無く有り得る話です」


 この国では最大利子は年利三割までと決まっている。が。返済が滞ると、貸した側が有利なように、良いように、契約の変更を行える。例えば、あと一カ月以内に返金できないのなら、借金は三倍になる……なんて理不尽が適用されてしまうのだ。


 なんだそのムチャクチャな法律……と思うのだが、貴族による徳政令が乱発される世の中なのだ。多分、商人側にやり返す術が無ければ、バランスが取れなかったのかもしれない。

 

 まあ、貴族が返済を滞らせなければ問題無い……と思いがちだが、商人が「何度も約束を取り付けようとしたのだが、貴族が取り合わなかった……」と返済期限の遅れた証文を手に、役場に持ち込むと、改編が認められてしまう。その結果、貴族はいきなり、借金の数倍の金額を返済するように迫られることになる。ちなみに、リドリス家の寄子の士爵家、男爵家、子爵家の多くが、この似たような手口でやられている。

 通常なら、寄親は寄子を切り捨て、断絶、お家取り潰しで、借金もチャラ……という大鉈を振るう。


 が。


 正しき貴種であるリドリス家はそれらを切り捨てられない。結果、借財は全て辺境伯家に降りかかってくるのだ。一つ一つはそれ程の額では無いが、まとまってくるとデカい。


「折り合いの付け所を、ちゃんと話さないとだと思いますよ。そもそも、寄親が、寄子の借金を肩代わりする法律はないのですから。商人が元金が戻ってくれば良いはずですし、恒常的に金を借りなければやっていけないのなら、その貴族は取り潰しで問題無いでしょう?」


「ああ……そうなのだが……」


「手を差し伸べる事だけが、正しきことではありませんよ」


「判っている……」


 ちなみにだが……リドリス家が背負っている借財や訴訟の数々は、そんな感じで持ち込まれ、仕方なく背負っている……ものばかりだ。


 俺が帝国宰相の部下なら「この領主、良い領主だな! カモだな!」とこの手の、弱い立場を利用してできる嫌がらせを出来る限り仕掛けて行く。


「サノブ殿。聞こえてる、聞こえてる……」


「え?」


 あ。心の声が。


「……いやでも……策略として仕掛けろーって言われて他国に赴いて「とても正直で、領民思いな領主」がいたら、そうやって借金まみれにして取りつぶさせて、民に厳しい、嫌われ者の領主に治めさせると。攻め込むのに楽ちんなのはどーっちですか?」


「……」


 笑。まあ、そりゃそうか。全否定。だもんね。うん。ごめんよ。


「んんん。ん。とまあ、こういう感じで、辺境伯様の説得もお願いしますね。既に起こってしまってることは致し方ないとして。よろしいですか? リドリス家の行為は正しく、そして、後ろを向くことのない、立派な物です。そして……だからこそ。今は私がいます。我々の出会い、それは……ただ単に強力な運の為した結果かもしれませんんが、だがそれが? それもリドリス家の「德」の一つです。祈るなら、感謝は全ては女神にお願いします」


「そうだな……」


「判りました」

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