240:「黒」と「裏」

 次の日も……朝から執務室だ。ここは打ち合わせ用の円卓と椅子があって、会議しやすいようだ。


 まあ、うん、各種資料もすぐ出てくるしね。


 というか、領主補佐の執務室だから、超限定極秘書類だってささっとね!


「まずは、昨日聞かれた件だがな。確かにここ一~二年位で、王都に顔を出さなくなった領主一族の関係子息子女は十三名ほどいるようだ。王都に比較的近い領の領主長男、領主次女の二人は病気療養中という話だ。どのような病気なのか、寝込んでいるのか? 等は知らされていない。残りの十一名は単純になぜか所要で王都に姿を見せていないというレベルだ。すまんが、その辺は詳しく調べていないようでな」


「おお。さすが。いえ。一晩でそこまでまとめるのは一苦労だったかと思います。それこそ、社交界の出席状況等を確認し直したのでしょう? お疲れ様でした」


 トン……と、廊下側の壁を叩く。そう。ここに小さなスペースがあって、護衛と思われる領主補佐の草? 影? が待機しているのだ。


「見抜いていたのか」


「いくら実弟の連れだとしても、見ず知らずの行商人と同室で会談は、部下が許さないでしょう?」


「ああ、そうだな。彼らには我がリドリスの裏を任せている……「黒」だ。主要な連絡等はこのシグノに任せている」


 すっと。ドノバン様の斜め後ろに現れる影。うん。そうだね。老練なメイドさんね。所作が……綺麗すぎる。笑。


「旦那様。サノブ様は当にお気付きかと」


「なっ。そうなのか?」


「昨日のカップをお渡しする際には確実に」


 何も言わずに微笑み返しだ。でと。本題は。


「あの。もしも、予想が当たっていたら早急に動いた方が良いだろう案件なので……この話を先にしてもよろしいですか? この国の……地図はありますか?」


「ああ……」


 と、ドノバン様が引出の一部から取り出したのは羊皮紙に画かれたローレシア王国の地図だ。どこまで正確かは判らないが、まあ、大体の所は判るだろう。


「では……その十三名が所在していると思われる土地……まあ、自分の親の領ということになりますか? そこに……この魔石を置いていただけますか?」


 出した魔石は一番小さい、ゴブリンの魔石だ。碁石みたいでマーキングしやすい。


「こんな感じか……」


 結構どころか、魔石は、かなり王国の広範囲に点在する形となった。


「さて。昨年収穫を邪魔したという嵐ですが……その被害状況が判る一覧はありましたよね? ディーベルス様」


「あ、ああ。それは天候状況の一覧か。王国内の役場、……商人ギルド関係者なら普通に手に入るからな」


「では、嵐が起きた場所に……この魔石を」


 ゴブリンよりも大きい、確か……グレーウルフかなんかの魔石を、嵐の発生点に配置する。


 子息子女と同じ様に……全国に満遍なく。点在する様に配置されている。


「これ……おかしく無いですか?」


「何がだ? 何がおかしい?」


「あ。さらに、小領同士でのトラブル……あ。いや、トラブルは大きな領にダメージを与えるためか……そういえば、小規模な狂乱敗走スタンピードが幾つか発生したとかしないとか……」


「ああ、この一年でかなり数の小規模な狂乱敗走スタンピードが発生している。なので、領騎士団は常時臨戦態勢で待機している状況だ」


「それがどこで発生したかの資料、あります?」


「は。確かこの資料の……ここに……」


 シグノさんが分厚い資料の束から、必要なページを開いてくれた。


「ディーベルス様、この発生場所にはこの魔石を」


 大きさはさっきのと変わらないが、若干赤い魔石を置いてもらう。それなりの数……だが。それほど被ることなく、またも点在した。


「さあ……こいつは……私も並べてからですが。確信したのは」


「どういう……事だ?」


「確かに……兄上。これは少々綺麗すぎませんか?」


「ええ。子息子女が……まあ病気だとして。病気と、嵐と狂乱敗走スタンピード。見事に分散して発生している。そしてさらに、当辺境伯領の様な大きな領には個別のトラブルが発生。明らかに仕掛けられてますね。どこかの誰かに」


「なっ!」


「し、仕掛け? 病気は……その、毒を使う等やりようはいくらでもあるだろう。だが、嵐と狂乱敗走スタンピードは……」


「引き起こせませんか?」


「いえ……兄上……確か過去の実験で、天候を左右させる威力のある魔術というのがあった気が……」


「シグノ。何か知っているか?」


 シグノさんが気付いた感じだったのをドノバン様が示唆する。


「はい。今ではほぼ流通しなくなった魔道具ですが……魔物を呼び寄せる鈴……というものを聞いたことがございます。それを使えば……」


「つまり、今すぐに出来るかどうかは判らないけれど、可能性はあると。それは……策略、謀略、計略……まあ、なんでもよろしいでしょう。それこそ……シグノさんたち「黒」がリドリス家に仕えている様に。国に……それこそ、王家に仕えている者もいるはずです」


「ああ、いるな。公言されていないが、「裏」と呼ばれる事が多いな」


「兄上……」


「今さらだ。それに……これは……」


「はい。確かに……その「裏」案件に違いありません」


「この話、面倒くさいですね……その「裏」の人にも参加してもらいましょう」


「何を? 言っている?」


「え? ここ、辺境伯領ですよね? 当然ですけど、屋敷の中にその「裏」の人が潜んでいると思いますよ」


 にやっとシグノさんに微笑みかける。


「……ドノバン様。お許しください、当家に何一つ後ろめたいことは無いと、旦那様が放置して置くようにと」


「……判った。誰だ? 別に咎めん。呼んできてくれ」


 すぐに呼び出されたのは、オッド……という庭師だった。いきなりの領主補佐とのご対面に、不安でいっぱいな感じだ。


「オッド、一切咎めんし、面倒なので全ては略す。お前は「裏」の者だな? そうであれば、このまま、会議に加われ。そうでないというのなら、王都に帰り、判断の出来る者をよこせ」


「……」


 オッドの顔色が大きく変化した。それまでの気の弱そうな、庭師の顔から……愚鈍さが消え……目つきが鋭くなる。スゴいな。人相や印象を操作できる感じなんだろうか?


「バレているとは薄々感じておりましたが……こんな形で決断を迫られるとは思いませんでした。ドノバン様の仰る通り。「裏」に所属しております。オッドというのは仮の名ですが、ここ数年これで通しておりますので、このままで」


 いきなり出来る男登場だ。


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