239:ドノバン・ベアロ・リドリス
「ディーベルス……サノブ殿……は何だ?」
私、ドノバン・ベアロ・リドリス子爵は、王国騎士団での剣術師範の役目を後継に譲り、この地で領主補佐として、領運営の実務を学んでいる途中だ。
数年後、爵位を継ぎ、辺境伯となる予定ではあった。領主補佐は純粋にこれまで騎士団で酷使されてきた肉体を休める休暇……等と考えていたのは確かだった。
が。
ここ数年で連発した経済的な困窮により、そんな未来のことを言い出せない、悠長な事を言っていられない状況だったのは間違い無い。
リドリス本家が何かをしたわけでは無い。が。寄子となっている下位貴族達に不手際が発生したり、
最初は、領主である父から、領主代行の私に代替わりしたことにより、純粋に舐められている状態なのか……とも思っていたが、そうでは無い様だ。嵐など天災だしな。
下位貴族達も必死に何とかしようと奔走していた結果が、こうなっているだけと判って、寄親としては最大級に抱え込む事になってしまった。
それらの中でディーベルスが挙げた、ゼノウ領への賠償問題、イバ鉱山の所有問題はその最たる件だ。実はそれだけはなく、他にも小さなもめ事が異様に発生している。王国東部、私が把握しているだけで十件以上だ。さずがに父上にも相談はしてあるのだが……。
その上、去年は収穫期に発生した嵐によって、作物が軒並み凶作に見舞われ、二重苦三重苦を生み出している。
王都でもその情報は既に入手しているらしく、何らかの対応をして下さる予定だということだが……。
とにかく、現金が必要なのは確かなのだ。
「サノブ殿が……錬金術士というのは間違い無いでしょう。でなければこれらのポーションを用意出来ません。商人でもありますね。行商人としては少々破天荒ですが。ああ、さらに……エルフだということも今日、初めて知りましたね……」
「最初……な。私は本当に斬るつもりで剣を抜こうとした」
「ええ。でも、ギリギリの所で止められたので、ホッとしたのですが」
「いや……止めたのでは無い。「抜けなかった」のだ。身体が……動かなかった」
「なんと……」
「剣術師範の名が廃るな……。だが……年に一度の剣術大会を見るに……現在も私と同等は居るが、明らかに上は見かけたことが無い……つまり。つまりは……サノブ殿はこの国で上位にある私に……剣術を使わせなかったという事になる。エルフという種族はそういうものなのか?」
「長寿であり、尽くが森の賢者と呼ばれる様な賢き者であった……という伝説くらいしか。兄上も同じですよね?」
「ああ……そうだな。実際に存在する魔族を別にして、エルフ族、ドワーフ族は……今では伝説となっている……そのもっともたる種族……か」
「正直、自分は……もう、全てを「ほほー」と思うことにしています。スゴイことがありすぎて、もう、何がどうとか比較が出来なくなっていますので。あの方は……ああ、もう、普通に敬語ですよ、私。元々自分でも丁寧な言葉使いを心がけておりましたが……サノブ殿には、自然に敬語を使っていることが多く。他に人がいるときは気をつけているのですが。私も一族の人間ではありますので。ああ、そう。それで、あの方、自分への報酬は適当で構わない……んだそうですよ……もう、私には何が何だかさっぱりで」
「はぁああ……そうか。ああ。私も……気をつけなければ自然に敬語を使ってしまいそうだな。気をつけよう」
「ええ。兄上は特に。既に子爵様ですし、爵位ある身。領騎士団を率いれば、領主代行は、臨時で領主と同等の権限も持つのですから」
おもむろに頷く。そうだな。騎士団で命令に従って動いていたままでは居られないのだから。
「まあ、少なくとも……サノブ殿は「我々」を貶めるような事はしていませんし、今後もしないでしょう。それは……確信しています」
「さっき置き土産のように適当に置いて行ったこの香辛料な……これも……とんでもないよな」
スゴイ香りが漂っている。領主代行として預けられている魔法鞄に、大半を入れた。ここに出ているのは、この屋敷の料理人に使わせるためだ。特にそうしてくれと言われたしな。
「ええ。これらの取り扱いは全て、グロウスに丸投げだそうですよ。ああ、特例で、上級貴族に関しては全て、リドリス家で仕切って構わないそうです。父上に、まずは王宮へ……と」
「……これだけでも凄まじい富を呼ぶぞ? 我が家への配慮を忘れないと。まるで商人だが。これは」
「実は。これらの香辛料に関しては……専用の畑を作れないかと相談されています」
「カンパルラに、か? あんな辺境で収穫出来る様になるのか?」
言っては悪いが、カンパルラはリドリス領の中でも最東端。深淵の森が近く、魔物も多い。畑を起こしても維持していくのが異常に大変だし、金もかかるはずだ。
「若干、収穫物の効能は薄まる可能性はあるけれど、多分可能ではないか……とのことです。地場産業の発展が大切だから……と」
「はぁ……サノブ殿が我が領、いや、リドリス家にとって福の神なのは良く理解出来た。だが。さりげない一撃の、斬れ味が大きすぎる」
「諦めましょう。そこは。でなければ、ここまでの物は生まれてきていません。普通の名刀ではなく……世界に一振りの聖剣や魔剣に相応しいとお考え下さい。安易な一振りで山を断ち、海を割るのです」
「ああ……そうか……とても納得いった。ディーベルス……お前、成長したな……今なら、領主……いけるんじゃないか?」
「……いやです」
弟よ……私は普通に剣術指南の方が良いのだが……。領騎士団長でも大満足だ。
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