234:お兄ちゃんの疑問

 ドノバン様が、机の上にあった呼び鈴の魔道具を操作した。執務室の扉が開く。


「茶を頼む」


 メイドさんが御辞儀をして、ドアを閉めた。


「私はサノブ。はるか遠き森の出身で、父は一流の錬金術士でありました。何者と問われるのであれば……世間知らずの錬金術士ということでしょうか?」

 

 ディーベルス様が思いきり頷いている。


「判った。その……世間知らずの錬金術士殿は……なぜ、今回、ディーベルスに「肩入れ」することになったのだ。ディーベルスお前からでも良い。説明せよ……お前の手紙は書いてない部分が多くて繋がりが判らん」


 ディーベルス様がビクンと……怯える様な顔でこちらも見る。まあ、首を横に振る。それは貴方の説明領域だからね。


「く、クーリアが謎の病で一年も倒れていただと? ディーベルス! なぜ、なぜ、我らに一言も無いっ!」


「あ、兄上、父上……そして母上に言った所で如何ともしかねぬ状況だったのです……お伝えすれば何も出来ぬ無力感に、私と同じ様に散財してしまうだけだったでしょう」


「それでも何か……」


「私の元に持ち込まれる話や薬が、一向に効果を現さない擬い物である……と判っていたのです。判っていても、金を工面せざるを得なかった。それは親だからです。私とフランはクーリアの親だからです。確かに、兄上や父上に相談すれば……金銭を借りることは可能だったかもしれません。ですが……ゼノウ領への賠償問題、イバ鉱山の所有問題、さらに嵐による王国東部の不作。一昨年辺りから我がリドリス領の経済状況は目に見えて悪化しております。そんな状況で父上や兄上が私財を売り払わずにいるとは思えません」


「ぐう……」


「兄上……迷宮深部で見つけられた、御自慢のクレスレード……魔術剣はどこに? 腰のそれは、かの名剣ではありませんよね?」


「……」


「父上や兄上に負担を強いることは出来なかったのです……まあ、そういう私も……正直、視野が狭くなりすぎていた様です。今さらですが、最低限の相談は行うベキだったとは思っております」


「あ、ああ……」


「ともあれ。クーリアは既に完治いたしました。屋敷を歩き回るようになり、元気に過ごしております」


「判った。それに関しては良いとしよう。だが。そこで。クーリアの命は貴殿に救われたのだろう? その対価は? こう見えてディーベルスは我が一族の一員だ。貴重な薬を作り、使っておいて……何も無いと思うわけがないだろう。だが。その後、聞こえてきた……カンパルラの城が光輝いているとか、城砦都市自体が明るくなっている、そして、さらに、住民に魔道具が配られた……という話は……さすがに、信頼している我が手の者達からの複数情報とは言え、どうしてそうなった? という感じなのだが……」


「サノブ殿からの要求は、私のフランカ商会の再立ち上げでありました……」


「それのみ……か?」


「はい。クーリアが治療された際には、嬉しいという感情で一杯だった自分も、二晩くらいすれば、冷静な判断も可能になってきます。サノブ殿から……どのようなことを要求されるのか……私の私財がとうの昔に尽きているのは、屋敷を訪れた際にバレております。そんな状況で今回の対価に相応しきものは……父上や兄上に口を聞いて欲しいとか、カンパルラ商人ギルドの階位上げとか、代官特権による無税……自分が生み出せる権利や権威を頭の中をグルグルと考えておりました」


「そもそもフランカ商会にどのような旨味がある? アレは元々領主一族の保つ利権の一部を管理していた。店舗の無い商会の代表例みたいなものだ。王都や、他都市、ましてや他国の商業都市などに店舗を構える大店とは大きく異なる」


「ちゃんと条件を付けさせていただきましたよ? ディーベルス様が商会長である。よほどの事態が発生しない限り、商会長を退かないという」


「……それのどこに儲け話が? 貴殿は行商人、商人なのだろう? 商人は儲からない行動は一切取らないモノだ。では今の話に儲け話が埋まっているということなのだろう?」


「くくく。この状況……一介の行商人でしかない私が、世間では少々珍しい錬金術士という天職を持つとは言え、カンパルラを訪れてたったの数十日で、城砦都市の御代官様と、このリドリス領の実務面でのトップである領主代行閣下と、こうして話をしている。儲けた……と思わないでいられましょうか?」


「……」


「いやしかし……サノブ殿、私も弟と同じ様に、殿を付けよう。よろしいな?」


 うわっこわっ。う、うん。頷くしかない。


「はっ」


「サノブ殿。ディーベルスが商会長であるということは、そのフランカ商会に利益が上がれば、それはディーベルスが儲かることに繋がる。フランカ商会で売るのは……主に錬金術による魔道具……特にポーション各種……と手紙にはあった。その商品は貴殿がいれば用意出来るのだろうな。性能の良いポーションを用意出来れば……金を稼ぐ事は安易だろう。この国で錬金術士といえば、王宮錬金術士であるクロスロンド卿とその一族、さらに弟子達のみだ。ポーションは常に市場では枯渇状態、貴族達によって買い占められて、一般市民には届かない」


「つまり、領主代行閣下もポーションの販売は目があると……思ってらっしゃる」


「あ、ああ。貴殿が現在市場にあるポーションよりも良い商品を提供できるのであれば、確実に儲かるだろうな……だが、なぜそこに、ディーベルスを加える? 何度も言っているが、フランカ商会では、一番儲かるのは、長であるディーベルスなのだぞ? 弟がその富みをサノブ殿に惜しげも無く分け与えたとしても……解せん。なぜ、自分で商会を起ち上げない?」


 気になりますよねぇ~その辺。


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