225:大金貨二枚の怨み

 酷いな……これ。


 目の前にある歪んだ瓶。これ自体が劣化してる上に……中身は……「劣化回復薬」となっているけれど、俺に言わせれば「超絶劣化回復薬」だ。


 不味いとか不味くないとかそういう問題じゃ無いくらい不味い。これは本当に飲み物なのか……? と疑いたくなるくらい不味い。


 クーリア様はよくこんなモノを飲めたな……。

 

 普通に泥水の方が飲めるんじゃないか? 


 これを作っている……と言われてもなぁ。


「つまり……フランカ商会でポーションを売りに出すから、我々に作るのをやめろ……ということですか?」


「代官様に逆らうつもりはありませんが……それはあまりに横暴かと」


「ああ、そうではない。これから市場にはうちのポーションも売られることになる。お前達にはこれまでカンパルラのポーションを支えてくれた恩があるからな。事前に言っておこうと思ってな」


 ディーベルス様の執務室に、二人の老人が呼ばれていた。この二人がこの都市の薬師だそうだ。正直、俺に中では彼らの評価は非常に低いのだが、ポーション製作の腕は、王都の薬師でもほぼ、変わらないという。


 ……そんなに? レベルが低い? 俺は使用人のふりをして、ソファの後ろに立っている。


「我々に仕事をするな……というわけではない?」


「ああ、そんな無謀を言うわけがなかろう」


「それなら……」


「では、二人とも、私の商会でポーションが売りに出されることについて文句は無いな?」


「はい。それは当然、御自由にとしか」


「え、ええ。何の問題もございません」


「そうか。それこそ、私の売るポーションのせいで、二人のポーションが売れなくなっても……文句は無いな?」


「? それは当然のことでしょう? 効能の高いポーションを作り、売ることができるというのであれば、効能の低いポーションが売れなくなるのは世の中の常」


「そ、そうですな。そう簡単に効能の高いポーションが作れるとも思えませんが……」


「では、話はそれだけだ。わざわざ済まなかったな」


 二人は頭を下げて帰って行った。


 うーん。なんか予定と違ったけど……というか、ディーベルズ様に悪意があった気がしないでもないというか。


「やつらの作る、ポーションは一瓶で安くて大金貨。常に不足していることもあって、急ぎで購入したいときには大金貨二枚にも跳ね上がる」


「……アレが……ですか?」


「そうだ。その不味いポーションが、だ。それでも王都の薬師はまだまともでな。性能も価格も安定している。金貨一枚が相場だな。クーリアにはなるべくそちらを飲ませていたのだが……たまに輸送に遅れが生じることがあって、急ぎ彼らから購入したことがあるのだが」


「王都産よりも不味くて効能も低そうなポーションで大金を請求されましたか」


「ああ。それが大金貨二枚だ。足元を見おって……」


 そうか。だから俺が雇用をお願いしたときにイヤな顔をしたんだな。


 そういう理由なら。


「ならば、彼らを雇おうと考えるのは止めにしましょう。そもそも……心根が歪んでいる者を正して正道に導くような聖者でもありませんし。それならやる気のある若者を育てた方がこの都市のためにもなる」


「すまんな。苦労するのはサノブ殿だというのに」


「いえいえ、商会長。商会は、商会長の物です。最終決定権は貴方にあるのです」


「そうやって突き放してくるのが一番怖いな」


 大丈夫。俺は貴方の心根を信用したのだから。


「ああ、そうだ。どこか落ち着いて作業できる工房がという話だったな」


「ええ。いつまでも、フジャ亭さんにお世話になっているわけにもいきませんし、さらに、錬金術の作業は匂いや煙が付きものです。御迷惑がかかる可能性もありますので」


「まあ、なんなら我が家に滞在してくれてもいいのだがな……単純に煩わしいか」


「しばらくすれば、元使用人の方々が戻ってきますからね。その時に、変に態度の横柄な怪しい男が居座っていたら、リドリス家の名に傷が付きかねません」


「ああ、すまんな。確かに……彼らに悪気は無くても、サノブ殿に嫌な思いもさせてしまうかもしれぬからな……。でだ。実は、都市の外壁近くの工房に空き物件があってな。そこを使うのはどうかな」


「外壁?」


「気を悪くしないでくれよ? 希望を叶えようとすると、そこくらいしか無かったのだよ」


「ああ。街外れや林の中で、人通りが少なく、ある程度大きめの物件……って言ったヤツですね」


 ここ、カンパルラ城砦都市は、城壁で囲まれているため、敷地面積に限りが有り、物件ひとつひとつが非常に狭い。それこそ、この都市の最上級の地位を持つであろうここ、代官の屋敷ですら……部屋数は十、あるかないかだ。庭を含めても敷地面積もそこまで広くない。


「問題ありません。我が儘を言ったのは判っておりますから」


「ならば、これが鍵だ。場所の詳細はハルバスに聞いてくれ」


「家賃ですとか……」


「ああ、購入した。名義はサノブ殿だ。外壁沿いであの規模の施設は買うしかないのだ。さらに購入条件もかなり厳しい。なので、まずは私が購入して、サノブ殿に売却したということにしておいた。必要経費だな。我が商会の」


 後で聞いたのだが、外壁沿いの物件は全て代官案件になるんだそうだ。なぜなら、外壁に穴でも開けられて、敵がそこから侵入なんていう自体を防ぐためだ。なので王都等の城壁沿いは兵舎等の国の施設になっている。

 賃貸がダメなのは、所有者が誰かに貸して、そいつらが賊だった……なんてケースが過去にあったからだとか。


「……そうですね。必要経費ですね」


「なので運用資金から都合しておいたよ」


 とりあえず、当座の商会運用資金として、それなりの額が……既にディーベルス様に渡っている。


 実は、フランカ商会の最初の商品はポーションではなく、ランタンの魔道具だった。


 フランカ商会で俺のポーションや魔道具、さらに、香辛料を取り扱うことになった……と商人ギルドに伝えるためここに呼び出した所、グロウス様との交渉の末、そうなったのだ。

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