224:リドリスの一族

 ということで……話は急激に進めたが、商売はじっくりと進めて行くということになった。

 

 単純に、少量をゆっくりと……浸透させて行くやり方でないと、我々売る方が対応出来なくなってしまう。


 それくらい現在の市場との乖離が甚だしいのだ。


 なので、フランカ商会として、辺境伯リドリス家を大いに利用することに決定した。


 辺境伯、アバル・シアロ・リドリス卿は、現在王都で生活活動している。主に貴族界でのバランス取り……辺境伯は王国東方貴族連合の首魁でもある……に忙しいそうだ。


 領都での実務は、爵位継承予定の長男、ドノバン・ベアロ・リドリス子爵が、領主補佐として行っている。


 兄であるドノバン様には既に、成人に近い子供がいる。それと共に継承順位はそちらに移ることになる。

 なので、戦争等のトラブルで領主や継承者が亡くなったりしない限り、ディーベルス様はこのまま、最辺境のカンパネルラ城砦都市の代官で生涯を終えることになる。


 その辺、貴族として、貴種としての能力的なプライドが非常に高いリドリス家では、その辺の順位付けが非常に厳しくて、ディーベルス様は「あまりに普通」であったため、現在の位置にいる……のだそうだ。


「私は兄のように優秀じゃ無かったからね。仕方ないのだよ。正直、ここで代官をやれているというだけでも、自分でも身内びいきじゃないかと思っているしね」


 もう亡くなっているが、ディーベルス様の祖父、先代領主のレザイオ様は「辺境の守護者」と呼ばれた優れた領主で、深淵の森の魔物を討伐し、ダンジョンを開拓整備し、さらに西方諸国との戦争でも大活躍と稀代の英雄だった。


 現当主のアバル様は、英雄である父を支えつつ、政治力を発揮。カンパルラを治める伯爵でしか無かったリドリス家を辺境伯にまで陞爵させた。


 現、領主補佐のドノバン様は「辺境の剣」と呼ばれる元王国騎士団剣術師範の強者だという。


 さらに、個人的な武勇だけで無く、領騎士団を率いては大規模演習で王国騎士団をコテンパンに叩き潰して、面子をボロボロにしてしまったという。

 その結果、暗殺、襲撃、闇討ちを頻繁に受ける様になり、王都を歩けなくなくなってしまった。そのため、領都へ引っ込んだ……という逸話を持つらしい。


 つまりは、個人的武勇と指揮能力を併せ持った超絶優秀な武人……となる。


 さらに、兄ドノバンの息子のイバンが「辺境の守護者」の再来と言われ始めているらしい。まだ学生にも関わらず、父譲りの剣の才能だけでなく、貴族社会で如才なく活動し、兵を率いては噂になるほどの指揮ぶりだそうだ。


「元々父も辺境伯として、武張った所が多々ある。兄とその子、まあ、父にとっては孫が、武威や将才で目立っているのは非常に好ましいのだろうね。さらに最近、辺境にいる私にすら、イバンの「将としての才能」が漏れ聞こえてくる。明らかに意図的に流されたものだと思うんだが……それにしてもキッカケがないとそんな噂も生まれてこない」


「確かに。武の才能は単純に一対一で剣を交えれば明確になるものですが、将としての才能というのは……判りにくいものです。部隊を率いての演習を何度かして、その勝率の平均値を計測してやっと判る感じでしょうか?」


「あ、ああ。そうだな。うん。イバンがどんなに優秀でも、部下の能力が低ければ勝てん。多分、サノブ殿が言うほど、キチンと計算もされていないだろう。にも関わらず、だとすると、噂が流れたのは意図的でも、イバンの能力は本物という事になる」


 ああ、そうか。彼はリドリスであり、そのイバン様もリドリスなのだ。つまり、そこに「嘘」は存在しない。綺麗事の様だが、この一族はそういう一族らしい。


 って情報量多すぎだ……。熱が出そうだ。


「まあ、そんな優秀な兄と甥がいた、いるおかげで、子供の頃から今まで、比較的自由に過ごさせてもらった。ありがたかったよ」


 自嘲気味なのか。にやりと笑う。


「とはいえ、自由に緩くやらさせてもらったせいか、大人になっても私は、大したことを成し遂げられなくてね。学園での成績も、剣も知恵もほどほどだったし」


 うん、なんていうか、ちょっとぶっちゃけてくれるようになった気がする。


「そりゃ、私だってそれなりに努力はしたさ。でもね、天職が文官では、戦うことに特化することは厳しかった。さらに、何か実績を作ろうとしても、独創的な行政システムなど、そう簡単に思いつけるワケが無い」


 こういう告白系ってお酒飲まないと出てこないヤツだからね。普通は。……あ。多分、酒も売れる……な。向こうのお酒。香辛料だけでなく。


「最終的に、うちの家は秀でた者、何か実績を残した者にしか重要な役割は任せないのさ。それこそ、このカンパルラの周辺にはダンジョンが幾つか点在している。その経営を任されるとか……ね」


「では、代官の仕事以外は任されていないということですから、御嬢様の回復と同時に新規開店するということで異存はございませんね?」


「厳しいね……うん、まあ……そうだね」


「とりあえず、その辺のお手紙……よろしくお願いいたします。まずは、リドリス家……の皆様ですね。ご関係はよろしいのですよね?」


「あ、ああ。多分だが……今回の事を詳しく書くと……父には大目玉を食らうだろうな……」


「頼らなかった事をですか?」


「ああ。クーリアが重病で伏せっていた事と、そのために一度商会を潰して、在庫を全て処分したこと。さらに実家に頼らなかった事……」


 自分の財産がほぼ底を付く所まで行っているのに、公金に手を付けていない時点で、もの凄い自制心だと思うんだけどな……。愛する娘のために歪んじゃってもおかしく無いでしょ。


「それは、親の愛という事で、ありがたく頂戴するしか」


「……サノブ殿は私の父を知らないからそんなことが言えるのだ……。大人になってからの説教は……効くのだぞ……」


「叱られた経験がおありで?」


「親戚の者が怒られている現場にいたことがある……」


 それは…ご愁傷様です。


「ならば、リドリス家を巻き込まずに、ディーベルス様が全てを背負って……」


「無理だ」


 うん。別にディーベルス様以外……それこそ、とんでもない才能のある貴族様でも無理でしょう。なので、辺境から波がやって来たということにしないとなんだよね。


「では怒られてください。命を取られるわけではありません。魔物に対峙することに比べれば、ではないですか?」


「そう言われると弱い……な」


 ということで、


・御嬢様が病気で寝込んでいたこと。

・何人かの詐欺師に騙され、多額の金を失ったこと。

・そのため、給金にも困ったので、「新たに雇う」と嘘をついて旧来からの使用人を実家に帰ってもらったこと(現在はなんとかなったので、再雇用できる者は呼び戻したいと思っていること)。

・偶然、盗賊に襲われ困っていた旅の錬金術師を助けたこと。

・その錬金術師が非常に優秀であったこと。

・商家を再立ち上げすること。

・近々はそこまで量産できないモノが多いので、カンパルラで独占販売をするが、将来、王都での「上級貴族」へ話を通す必要が出てきた場合に助力して欲しい。


 こんな内容の手紙を、王都の辺境伯(お父さん)と領都の副領主(お兄さん)に当てて二通書いてもらった。


 ディーベルス様は「この手紙が届いたら、絶対に即呼び出しだ……」とビクビクだ。


「私は……まずは。このカンパルラのポーション事情を改善したいと思います。お膝元ですから。この都市に薬師は二名くらいでしょうか?」


「あ、ああ。私が把握しているのは二名だな」


「その二人……フランカ商会で雇えますか?」


「雇えないこともない……が……多分だが腕の方は……」


「えっと、御嬢様の部屋にあったポーションですよね?」


「アレは王都で購入したものだ。カンパルラでポーションを買った事は?」


「素材は買いましたが……ポーション自体は無いですね」


「……では一度買ってみると良い……それが一番早い」


「判りました」


 そんなにかー。


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