223:分担

「さて。ディーベルス様は以前、商会をお持ちでしたね?」


 実は、その辺の情報は女将さんに確認済みだ。


「あ、ああ。一年前にまず最初に整理した。商会の全財産を処分して現在では残っているのは名前のみだが」


「その、フランカ商会を再起動していただくことは可能でしょうか?」


「再起動……か。可能だが……年会費は数年分払ってしまった後だったので、名前が残っているだけで、新規で更新しないつもりだったからな……何も残っていないぞ?」


「以降の運営資金は全て私が出します。将来は判りませんが……再起ち上げ時は実務的なことは全てこちらで請け負いましょう」


「……私の名で何かをする、ということかな?」


 ああ、そういうのはイヤですよね。清廉潔白ですから。


「ディーベルス様、さらにはリドリス家の名を利用して、大規模な商いをしたいワケではありません。むしろ……その逆でして」


「逆?」

 

「先ほど差し上げた、ランタンの魔道具……ですが。アレを私が売り出したら……どうなると思いますか?」


「……そうか……」


 おお。御代官様。さすが、理解が早い。というか、お兄さんの影に隠れてしまっただけで、この人も大概、能力高いんじゃないか? 


「ええ。私の持つ魔道具は……少々特殊な様です。人と関わらず生きてきまして、辺境の小さな村ばかり巡っておりましたので、これまで気付かなかったのですが。過去に取引した中にはもっと値を上げなければいけなかったモノもあったかもしれません」


「そ、そうだな……あのランタンの灯りは、これまで使用していた灯りの魔道具の何十倍も明るい。ああ、そういえば、かなり長い時間付けっぱなしだが、魔石の消耗はどうなんだろうか」


「……そう。私がディーベルス様の商会にお願いしたいのはそこです。実は手習いの時分から私の作る魔道具は……師匠の作るものよりも、効率的だと褒められることが多く……」


「……」


「正直、そこにある灯りの魔道具よりも……魔石消費量は少ないのです……」


「なんと……」


 驚愕の顔。まあ、そうだよね。


 机上に置いてあったライトスタンド型の灯りの魔道具……の隣に、取り出したランタンの魔道具を置く。


 両方のスイッチを入れる。光が飲まれてしまって……従来のライトスタンドはまるで点いてないかの様だ。


「こ、これだけの差があって……魔石が長持ちするというのかい?」


 あ。偉そうな物言いを忘れましたね。


「はい。この状態で約1.5倍。さらに、このランタンの魔道具は……」


 魔力に「もう少し暗くなる」イメージを載せて、スイッチ部分に触れる。


「あ、あ、あ」


 お。ディーネルス様が語彙を失うくらいビックリしている。判りやすいな。


「こ、これは……明るさ……の調整までできる……のか」


「こうして……こちらの灯りの魔道具と変わらない明るさにしますと……多分、これまでの5倍以上長持ちするかと。すいません、まだ正確な所は計測出来てないのです」


「5倍になった所までは確認した……ということか」


 ほら。こちらの意図や考えを読むスピードが確実に早い。


「ええ。正直、もっと使えると思います」


「売るんだとしたら……その辺をちゃんと確認する必要があるな……」


「ありますね」


「で。そういうことか」


「そういうことです」


 ディーベルス様は頭を抱えた。仕事相手として、説明しなくても伝わるっていうのはもの凄くありがたいな。


「これは売り方が難しいな。確かに……行商人が扱える魔道具では無いかもしれな……!」


 そう。気付いたね? そうなのですよ。


「さ、サノブ殿は……その……あの、ポーションも売る……つもりなのだよな?」


「ええ。錬金術師ですから。ポーションは基礎の基礎です。正直……このランタンの魔道具よりも、素材入手は簡単ですし、大量生産も難しくありません」


「わ、わた、しが飲んだ……その……」


「精力回復のポーションです」


「ああ、精力回復薬。疲れが取れる……も、だろうか?」


「確か、ディーベルス様の症状が重かったので、飲まれたのは中級の精力回復薬でした。売るとなるとメインになるのは初級精力回復薬になりますから、効能はかなり落ちます」


「……」


 髭イケメンな貴族顔が天を仰ぐ。


「それは……とんでもない事になる」


「やはり、なりますか」


「絶対……だ。考えただけで手に汗がにじみ出て来たよ……」


「はい」


「君は、その……私に……襲いかかってくる幾万の矢を防げ……と。矢面に立てと。これまで目立った能力も無く、貴族家の次男として、一度も最前線に立ったことが無い私に」


 あくまで、柔らかに、ニコニコと笑顔で返す。


「ああ、それは……ああ。こ、断る事など出来るハズが無い。私はリドリスだ。リドリス家の一族に列なる人間なのだ。例えこれが悪魔の契約だとしても、サノブ殿の願いを聞き届けないという選択はあり得ない……だが……」


「あ。本当に嫌なら断っていただいて問題無いですよ? 正直、私はディーベルス様の御人柄を尊敬しております」


 これは本当だ。


「知り合って間も無い関係ではありますが、私は……多分、貴方様の様な「打算無き」誠実さはひとっ欠片も持ち合わせていない。商人ですしね。それで良いと思っております。ですが。人間として生きて行くのであれば、非常にうらやましく思うのです。共に歩まれている奥様、そして御嬢様はお幸せだ。少なくとも私のような者と一緒にいるよりも、一段階上の人生を歩かれているのではないだろうか? と」


「……だが、綺麗毎だけで生きては……」


「ええ。そうです。ハルバスさんではないですが、商売という仕事は、向き合えば向き合うほど、薄汚れていくものです。だが、貴方様には適材適所、汚れ仕事は私が担えばいい……と思わせるだけの説得力がある。私が今回提案させていただいた理由は、そんな打算ではない思いから来るものなのは御理解下さい」


 ふいに……少し伏せたディーベルス様の目から大粒の涙が零れた。


「はぁ……私は……私は数日前まで、娘をこの手にかけ、さらに妻と共にこの世を去ろうと考えていたのだ。もう、ここが、この世の終わりだと。これ以上は無いのだと」

 

 涙は止まらない。


「あまりに痛がり、苦しむ娘に、為す術無く、もう、金も無く、それと共に薬や治療をしようと持ちかけてくる者も無く。行き止まりで足掻くことも出来ず、狭い部屋に押し込められて、周囲から潰されていくかの様に。親として考えれば失格だ。泣いて土下座してでも、父や母の親の情にすがらなければいけなかった。その方法だけは残っていたのだから。だが。出来なかった。生きて来た、私が生きて来た全ては「無駄だった」のだ、と絶望しながら死ぬしか無いと思っていた。妻も……同じ気持ちだったようだ。彼女は私よりも貴族なのでな……」


 拭うことの無い、涙が、ボロボロと……さらに零れ続ける。


「それが……どうだ。君は私に、これまで通りで良いと言うのか。どう考えても、あのポーションは……凄まじい値が付いておかしく無い品質だ。さらに、先ほどクーリアに飲ませた「病に効果のあるポーション」はこの国では古の物語でも聞いたことがない。そう簡単に手に入る品物ではないのは間違い無い。つまりは、私は言い値で買い取らなければならないハズなのだ。それを請求するのではなく……ただ、それに見合うような重荷を背負えと提案してくるとは……。判っているのか? 確かにそれは重荷だが、多少でも上手く回れば、膨大莫大な利益を得ることになるのだぞ? そこに私を絡める必要など無いのだ。利益として考えれば、商人として考えれば、絶対に下策であろうに!」


 下策下策。そう。やましいことは……できない。


「そして、私が絡んでしまえば、なんとか適切な値段に落ち着けようと……儲けよりも、使う人の……民の事を考えてしまうだろうに!」


 くくく。うん、俺は上手く笑えていると思う。


「ええ、ええ。その通りです。なので、私にも……真の高貴、真実の貴種としてプライドをお分けいただきたい」


「サノブ殿は……心根がねじ曲がっているのだな。本当に意地が悪い」


「商人には……褒め言葉でありますよ。ディーベルス様」


「よろしく頼む……。貴方の言う商会を再起動させるには、優秀な錬金術師が必要なのだ。そうだろう?」


「ええ」


 手を差し出す。こちらの世界でも……握手は……あった。


 ディーベルス様が手を握り返してきた。


「では早速……具体的なお話を」


「さすが……容赦が無いな……」


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