222:御相談がありますよ

「天職の階位……か?」


「はい。人に天職がある様に、その天職には階位がございます。それはご存じではないでしょうか?」


 ディーベルス様の仕事部屋だ。彼はやはり、というか、当然というか、このカンパルラ城砦都市の領主代官だった。


 娘が病に倒れてから、特に最近は酷い症状だったので、自宅に書類を運び込んで仕事をしていたらしい。在宅ワークですか。って貴族はそれが普通らしいけど。


 それにしても、危なかった。領主の次男で、現状は代官。御代官様だ。それってこの都市の現場で一番偉いってことじゃん。対応間違えなくて良かった……。


 天職自体は、数年に一度、朝、起きる際に頭に浮かぶ……事があるらしい。その時に階位は判らないのかな? っていうか、これももう少しシロに確認すれば良かった。


(この世界の人類は、寝て起きる際にランダムでレベルアップの判定が入ります。女神の休眠による副作用で、その発生率が低下しています)


 これ、普通にレベルアップ表示されてれば、天職とレベル、取得スキルなんかが頭に思い浮かぶと思うけど。


 ……考えられるのは女神の力の低下で、レベルアップの表示が劣化してるとか?


「そういえば……咎人の水晶に似た……魔道具の話を曾祖父に聞いたことがある。触れるだけで天職が判って便利であったと」


「おお。それです。それが鑑定石です」


「失われた……魔道具だな。魔道具は不意に沈黙し、使えなくなってしまう。そうなると納戸や倉庫に放り込まれるか、うち捨てられるか、だ。曾祖父が言っていた咎人の水晶ではない「石」がその鑑定石であれば……うーん。あるとすれば、領都リドリスにある実家の宝物庫……いや、使えなくなった魔道具等を保管しておく倉庫があったな。そこだな」


 そうなのか。というか、つまり鑑定石は一般的ではないということか。


「申し訳ありません。もしもそれが有れば、判りやすいかと思ったのですが」


「いや、その仕組み自体はなんとなく理解したぞ。つまり、天職にも商人ギルドや冒険者ギルドのランクの様なものが存在するということだろう?」


「ええ。そうです。その鑑定石がなければ詳細なところは判りませんが……大抵の天職は森や、ダンジョンで魔物を倒せば倒すほど、ランクが上がっていきます。」


 そう。微小でああるが、非戦闘系の天職であっても魔物を倒せばレベルは上がる。

 本当に少なめなのでそれでレベルを上げよう……なんて人はいなかったらしいのだが。


「我が娘に魔物と戦えと……」


「別に何十匹、何百匹と倒せというのではありません。ディーベルス様は討伐は?」


「魔物は……そうだな。討伐は貴族の義務だ。子供の頃から訓練として年に数回、森へ狩りには行っているし、ダンジョンにも潜ったことがある。魔物自体……はゴブリンならこれまでに何百匹と倒しているな。この都市に代官として赴任してきた当初も、しばらくは冒険者の様な生活をしていたものだ」


「おお。では話が早い。ある程度、魔物を倒す前と、後では、身体能力が違ったことがあったはずです」


「……確かに……思い当たることがあるな」


「まあ、詳細は分からなくてもこの際良いかと思います。私も詳細を説明出来るわけではありませんし。ただ、魔物を一匹も倒したことがない者よりも、数十匹倒したことがある者とでは、いつの間にか基礎能力が違うのです」


「それは……そうだな。騎士や兵士、冒険者ら外で戦う者達は一概に強い。基礎能力が高いとでもいうのか。あれは……戦って行くうちに強くなっているというのは判っていたが」


「はい。その恩恵を一部分だけでも……クーリア様に」


「判った……素晴らしき知恵をお教えいただき本当に忝い。サノブ殿……貴方は真の賢者やもしれん」


「いえいえ……ただの錬金術師ですから」


「賢者じゃなくてもいいのだ……私の家族の救世主なのはもう変わらんのでな。あ。そういえば。あのとんでもない明るさの灯りの魔道具。アレを売ってくれぬか? クーリアが……アレがあると夜が、闇が怖くないと言ってな……」


 あ。そういえば……忘れてた。あれ一つ、ここに置きっぱなしだったや。


「高価なのは判っている。支払いは……しばらく待って貰えれば……」


「判りました。あのランタンの魔道具は差し上げます」


「なっ! それはならん。商人にはキチンとした対価を支払わなければ……」


 くくく。本当にバカ真面目なんだな……。


「大丈夫です。この魔道具よりも遙かに大きな対価を得られそうですから」


「どういうことだ?」


「ディーベルス様は現状、現金に困窮されているとお聞きしました。数カ月前にも「騙された」ばかりだと」


「……ハルバスか……恥ずかしい話だがね。娘の治療が叶うと思うと、疑っていながら、ついつい、金を払ってしまった。我がリドリス家には借りを作ってはならない……という代々の家訓があってね。人間関係や戦争時の同盟などでということなら、まあ、許されるのだが。借金はダメでね」


「つまり、自分自身の財産を処分していくしかなかった」


「ああ。そうだ。少々無茶な金額を払いすぎてしまったな……。妻の装飾品や飾ってあった絵画、高価な家具等はとうの昔に売却し、長年仕えてくれていた者達は本家の方に戻した。今や私の財産は、ハルバスの宿屋とこの屋敷のみだ。ああ、代官としての給金はもらっているがね」


「まあ、借金が無いのなら、今後は……儲かっていくばかりです。問題ありませんね」


「いやまだ……サノブ殿への支払が終わっていない。正直、どう支払えばいいのか……」


「うんうん。そこで御相談です」


「サノブ殿……正直、悪い顔をしておられるぞ……そうして見るとお主が商人であることを再確認するな。大商いに喰い付いたときのグロウスの様だ」


 さすが御代官様だ。商業ギルドのトップも、多分、冒険者ギルドのトップも知り合いだよな。


「くくく。商業ギルドの支部長様と同じと言われるとは、嬉しい限りです」


「褒めてないぞ……」


「さてさて。ディーベルス様、それらを踏まえた上で御相談がございます」


「……私は本当に怖くなってきたよ……」

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