216:設置場所

 横たわる娘さんは……発熱は収まっていない。咳が止まらず、最近は喀血することも多かったそうだ。俺が想像出来るのは、肺炎、肺結核、肺がん……だろうか。

 まあ、ここは異世界だ。先ほどの紫斑点の毒による副作用や、寝込んでいる間にこの淀んでいた部屋で未知のウィルスが繁殖した可能性だって高い。安心は出来ない。


 だが、先ほどまで、痛みで叫んでいたのが嘘のように……穏やかな呼吸を繰り返すようになった。


「とりあえず、先ほどから言っている通り、現状出来るのはこの程度です。多分、一度飲んだくらいでは再発するでしょうから、明日から、三日……程度でいいでしょう。この三種類のポーションを一回に約半分、朝夕くらいのタイミングで飲ませてあげてください。


 サイドテーブルに、三種類のポーションを三本ずつ載せる。


「は、はい」


 奥様もお綺麗ですね……旦那様はちょっと疲れすぎていたけれど、奥様はまだ平気の様だ……あ。でも。


「ああ、奥様もこちらを。ディーベルス様に飲んでいただいたのと、同じポーションです。疲れが取れますので」


「ありがとうございます……」


「では。ディーベルス様、私は御嬢様の病気の正体を調べて、その薬に必要な素材を採集して参ります。薬の無くなる三日以内に戻れるとは思いますが~多少の遅れはお許しください」


「あ、ああ。それは、構わない。いや、ありがとう……サノブ殿。クーリアがこんなに穏やかな顔で寝るのは……いつぶりだろうか……」


「御礼は治ってからです。娘さんは未だ病と戦っているのですから」


「あ、ああ。わか、判った。ハルバス、悪いがお送りしてくれ」


「は、はい。御主人様。サノブ様、こちらへ」


 ハルバスさんにも再度感謝されて……。ひとまず、フジャ肉の煮込み亭の宿泊している部屋に戻ってきた。


 さて。まあ、そろそろ一度帰ろうと思っていたのだ。城砦都市、カンパルラでの市場調査も終え、イロイロな疑問点をシロと検証しようかなと。


 それが少々早まっただけ……というか、一時帰宅になりそうというか、なるな。これは。うーん。


 何を悩んでいるかというと。


 その帰還方法だ。


 本来は、他の都市に行商にでも行くふりをして、都市を出て、ダンジョンを目指すつもりでいた。

 普通に考えて、この作戦が一番異和感が少ないはずだ。それこそ、行商人が他の都市や村などへ向かうのは至極当然のこと。さらに、俺の場合、各種素材採集しながら……とでも言えば、怪しいところは一切無い。


 なんだが。今は急ぐ理由がある。ディーベルスさんのお嬢さん……えっと……クーリアさん、か。


 乗りかかった船だ。彼女の病に対処しなければならない。本人は平民だと言い張っていたが、貴族家、しかも辺境伯、さらにこの地の領主一族に列なる御方なのだ。


 というかさ……俺に気を使わせないためか、その辺言わなかったけど……ディーネルスさんはこの城砦都市で何らかの「役職」に就いているよね? いないわけがない。

 貴族の一族とはいえ、爵位の自由度は非常に低いみたいだけど、一族で経営する関連商店や鉱山経営とか、ここなら、ダンジョン経営か。それらを取り仕切る役職をあてがわれていなくちゃおかしい。

 そもそも……将来爵位を賜る可能性があるんだとしたら……ああ、この城砦都市の役人なんてピッタリか。


 ……すげー有り得る。


 と、とりあえず、このカンパルラ城砦都市でも、トップクラスで敬意を払い、注意しなければならない存在なのは間違い無いだろう。


 それこそ、彼に敵視され、目を付けられてしまったら。この都市だけで無く、自分のダンジョンに最も近い国、最も近い領で活動しにくくなってしまう可能性があるのだから。


 どう考えても……何それ面倒くさい。だ。


 ということで、彼女の治療に精一杯力を注ぐのは確定事項だろう。


 そうなると、なおさらダンジョンに帰らなければならない。それも急ぎの方が良いだろう。

 クーリアさん……いや、ついうっかり口を滑らせてもマズい。クーリア様で固定しておこう。ディーベルスさんも様、だな。


 クーリア様の容態は、一刻を争うレベルのものでは無くなった。


 だが。


 完治はしていない。いつどんなタイミングで、再発症するか、他の病が併発するか、それとも弱った身体に新規で病魔が喰い付く可能性だって捨てられない。

 

 つまりは、まだまだ予断を許さない状況なのだ。


 そんな中、数日かけてダンジョンに行って帰って……というのは、ちょっと悠長すぎる。その手しか無いのならとっくに動いている。


 実はもう一つ。やりようがある。


(このスキルを得て、初めて移動可能になりました。つまり、現状、現実世界に一つ、異世界に一つの扉を設置、移動することが可能です)


【次元扉】の説明時にシロにされた説明だ。


 現状、日本には当然、扉は設置したままだ。あの疎開先の屋敷の地下で、メイドズから呼ばれた時にシロが気付く様に、ドアは半開きのまま、ドアストッパーで止めて放置されている。


 で。説明によれば、それとは別に、こちら。異世界側でも、同じ様に扉を設定できるということなのだ。


 今回の俺の都市訪問には、異世界人との接触、文化の確認、都市の確認……なんていう情報収集、確認作業の他に、場所の確保……という目的が存在する。


 そう。この【次元扉】の設置場所の確保だ。


 とはいえ、これはそう簡単にどうにかなる問題じゃ無い。なので、商人や、冒険者、特に重宝されそうな錬金術師としてある程度活動して、信用を集め、資金を調達し、拠点を確保して……それから……と思っていたのだ。


 こんなにいきなり必要に迫られるとは思ってもみなかった。いや、緊急時にはなりふり構わず適当な場所に設置して、ダンジョンに戻ろうと思っていたけどさ。


 問題は……この部屋に扉を設置するのはマズいだろっていう点だ。ハルバスさんたちに、部屋に絶対入らないでね……と言えば入らないだろうし、誰も近づけない……なんて対応もしてくれるだろう。


 でも、もしも、それが彼らの御主人様であるディーベルス様からの頼みであれば、話が別だ。さらに言えば、他の貴族の私兵が力尽くで押し寄せても、それを防ぐことは無理だろう。


 うーん。正直、現時点ではディーベルス様の人柄や事情が把握しきれていないのが怖いな。


 彼は良い人、良い夫、そして、良い貴族候補の様だ。そう見えるし、思える。


 だが、貴族、特に領主関係者となると、「良い貴族であればあるほど」、最上位で考えることは、領のため、民のため、だ。多分、一人の平民の動向や事情等は考慮しない。私情を絡めずに潰すことくらいわけないハズなのだ。


 あ。


 って。でも。そうか。


 難しく考えすぎた……。問題無くできるじゃん……よく考えれば。


 現代社会での環境、疎開先の屋敷のイメージが強く残っていたのが敗因だったな。

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