215:発作
「旦那様、顔色がよろしくなりましたよ」
ハルバスさんも同意してくれる。
「ああ。すまないが、今の薬を妻にも飲ませてやってくれないか? 彼女もかなり疲弊しているのだ……今も……」
遠巻きに……叫び声の様な、くぐもった……声が聴こえた。呻き声ってヤツか。
「いかん、またか。少々取り乱していると思うが、一緒に来てくれ」
時折、激しい痛みに襲われ、発作が起こる様だ。
慌てて、廊下に出たイケキゾのディーベルス様を追いかけて、俺とハルバスさんが続く。
ん? そういえば……使用人を見かけない。
御屋敷は地下から来たから外観は判らないが、内装からしてかなり立派だ。そして、多分、部屋数も多い。そりゃそうだろう。
幾ら現在は平民でも領主一族の次男だ。
ここの領主のリドリス家当主は辺境伯だったはずだ。辺境伯って公爵の下、侯爵と同位だったハズ……確か。
なのに。
これだけ大きくて立派な御屋敷なのに、使用人を見かけない。うーん。そういえば、掃除も行き届いていない……感じか? さっきの書斎は綺麗だったが、今歩いている廊下の隅の方は埃が積もっている。
ひょっとして、娘のために私財を投げ打って……パターンだろうか? そのために削れる所から削ったっていう。
「イギャアアアアアーアーアアーアーアアァアア!」
それほど大きな声ではない。掠れた……もう、喉の奥から絞り出されたような苦痛の声だ。既にそこまで声を出せないほど、弱っているのだ。
ディーベルス様がノックもせずにドアを開ける。
「アァァァアヅヅヅヅヴヴヴヴ」
喉奥から溢れてくる嗚咽が響く。
「フラン。ハルバスやマイアの言っていた錬金術師殿だ。こんな時だ。既に気にしている場合じゃないと思い連れてきた」
「はい、旦那様」
部屋は薄暗い。灯りの魔道具が点灯しているが、大して明るくない。ひょっとして、ずっとこんな感じで部屋を閉め切っていたのだろうか……それは心を病む。
薬草……の匂いだろうか。様々な匂いが混じって、正直、こちらも少々気持ちが悪い。
ベッドで悲鳴を上げている……少女。表情や顔色は大して見えない。その脇で手を握っているのは奥方様か。旦那さんと一緒で顔色は良くないし、やつれてはいるが……歳が若いのかな? こちらはまだ、気品とか美しさを保っている。
「御嬢様の年齢は?」
「今年で十歳となる」
なら……1/2程度か。基本的な目安は。
「アガアアアアアアア……」
呻き声を上げ続けている少女……御息女は、既に意識が無いのだろう。口から泡を飛ばしながら、ジタバタと焦れている。全身に力が入ってしまって、……なんというか、ボロボロだ。
激しく歯ぎしりもしているようだ。
「とりあえず。手順としては。この病気がどの様な物か……今は症状を見せていただいて。その後、少々調べ、さらに、薬の材料となる素材を採集して来て、初めて治療薬が完成します」
肩からかけたままの鞄から、LEDランタンを取り出す。
「その前に。まずは。ここは少々暗すぎます。一時的に明るくさせていただきますよ?」
ディーベルス様が頷いたのを確認。
魔力で触れる。部屋が一気に明るくなった。念のため、御嬢様の目の上は手で覆っておいた。光りも刺激の一つだからね……痛みが増したら……と思ったのだが、それは平気な様だ。
ああ、また、少々痙攣し始めている。が、先ほどよりは収まった……のかな?
「とりあえず、この痛みをなんとか致しましょう」
上級の体力回復薬、精力回復薬をサイドテーブルに置いてあったカップに半分くらい……空ける。
この陶器製の急須の長いのは……吸い飲み……か! そうだよな。こういうのいるよな。
って……近付いてみてちょっと判ったのだが……肌に紫の湿疹……の様な……。
「この湿疹は?」
「娘の体調が悪くなり始めの頃、まずこの湿疹が出来たのだ。今は紫になっているが、もっとピンク色だったと思う。最初はどこかで毒のある植物にでも触ってしまったのかと、思い、毒消し薬を処方させたのだが……どれも効かず」
うーん。明らかに毒っぽい。そんなに強いものじゃないのかな?
これ……きっかけは毒……で、体調が弱ったときに別の病に冒されたっていうパターンじゃないかな。合併症とか、素人には一番手に追えない。
「ならば、まずは毒消しで様子を見ましょう」
ポーション基本レシピの一つだった毒消し薬。これも中級までは作れるようになっている。そして、ちゃんとストックしてある。
魔法鞄から中級毒消し薬を取り出して、吸い飲みに空ける。
「毒消しを毒味……というのもおかしいですが、やった方がよろしいですか?」
ディーベルズ様に問いかける。
「いや、大丈夫だ。貴方に私達を傷付ける意志が無いのはさすがに判る」
顔を縦に振る。その仕草、うん、イケてるね。
ならば。と。毒消しの入った水差しを奥様に渡す。
「飲んで……くれますかね?」
「さっきの様に痛みで叫び声を上げていない時なら、水やポーションは飲めています。意識は……無いのですが」
「では、私がやるよりも、奥様の方が安心かもしれません。お願いします」
奥様が頷いて、娘さんの口元に吸い飲みを傾ける。ガーゼのような布を当てながら……ああ、喉が動いた。飲めた様だ。
「ああ、良かった……まだ、自力で飲めましたね」
「むせたりすることもなく……いつもなら、ポーションを飲ませようとすると、少量でむせてしまって……」
不味いからね……アレは……あの劣化回復薬がこの都市でのポーションの普通だとすると……正直、人の飲むものじゃなかった。
命の危機と比較して、やっと飲む決意が出来るんじゃないだろうか?
「ぜ、全部……飲んで……」
いやいや奥様、薬を全部飲んだくらいで泣かない様に。薬は飲んだところからがスタート地点なのですから。
「お。若干ですが効いてきたようですね……」
さっきまでハッキリと見えていた紫色の湿疹が、既に消えかかっている。効果が目に見えるって……効果てきめんか。スゴいなポーション。
これで、毒はなんとかなったハズだ。
問題は今、身体を冒している病魔……だよな。
「おお、おお! なんという……なんという……」
いやいや、御夫婦二人……いや、ハルバスさんもかっ! みんなで、このレベルで感動してないで……。
「喜ぶのはまだ早いです。現状、毒素を消すことができたかもしれませんが、御嬢様は明らかに、別の病に犯されています。こちらを治す、完治させるには、先ほども言いましたとおり、病気治療薬が必要なのです。正直、現在は手持ちがございません。ああ、奥様、そちらの薬も両方、飲ませて差し上げてください」
体力回復薬と、精力回復薬も吸い飲みに移して飲んでもらう。
あ。水分取り過ぎ……でも気にしない方がいいか。
多分、オムツだよな? 寝たきりなわけだし。その辺は御令嬢ですから、触れちゃダメか。
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