214:次男だから

 びびった。


 貴族だというのに、返答は素早かった。


 というか、さっき返事をしてから、ほんの十分もかかっていない。普通こういうのって数日かかったりするものではないの? なんか、そう聞いた様な。


「旦那様……ディーベルス様から返事がありました。それで構わないとのことです。早速ご案内します……どうぞ、こちらへ」


 速すぎるな……。


 案内されたのは宿屋の地下室。そこから地下通路が延びていた。それなりにしっかりした作りだ。


 歩くこと約五分。


「こ、ここはもう、御主人様のお屋敷です。この抜け道は御内密に……という事で……」


 階段を登った。


 階段の先は……いかにも隠し扉といった感じで……執務室? の様な、書斎のような部屋に繋がっていた。

 これ、俺に知られていいのか? 完全に隠し通路、襲撃を受けたりした際の避難通路じゃん……。


 もしかして、最終的に知りすぎて消されちゃうパターンなんだろうか?


 そして目の前。


 机を前に座っている髭のイケテルオッサン……いや、うん。イケオジ? イケテル貴族? イケキゾ? まあ、俺よりは年上……だと思う。そんな感じのザ・貴族なおじさんが座っていた。

 顔はかなりカッコ良いと思うのだが、少々痩せている……というか、かなり痩せている。って、やつれているのか! これ。


「錬金術士殿、申し訳ない。この度はハルバスが無茶を言ったようだな。許してやってくれ、全ては私の力不足が原因なのだ」


「そんな、旦那様は必死で御嬢様を……」


「ああ、名乗りがまだだったな……。私は……ディーベルス・クアロ・リドリス。貴族一族に名を連ねる者だが、この歳になっても未だ、爵位を持たない中途半端な存在だ。なので、警戒しているようなことにはならないと思うよ?」


 そっか。事情あり……か。この表情、話し方からすると……主人を思うあまり、ハルバスさんが、強引に俺をここに連れてきたって所か。慕われてるのだね。


 それにしても……御主人様であるディーベルス様はちょっと疲れてしまっている……感じだろうか。少々反応が鈍い。


 ってちょっと待って。ちょっと待って?


 いま、最後に……リドリスって言った。言ったね。


 えーっと……俺が今滞在している国は……ローレシア王国。その東端が……リドリス領……そのさらに東端にある都市がカンパルラ城砦都市。


 リドリス領でリドリスを名乗る。貴族の姓を騙る……なんて即、偽証罪だ。中世ヨーロッパなら即縛り首、当然、こちらの世界でもかなり重い罪だったと思う。つまりは。


「こ、これは失礼しました」


 膝を突き、頭を下げる。確かこれが高位貴族との正式な対面方法だったはず。


「御領主、辺境伯閣下に列なる御方とは知らず。御無礼をいたしました」


「ああ、いい、いい。最初に言ったとおり、私は爵位を持たぬ、中途半端な立場でしかない。肩書きは辺境伯家次男、所詮スペアだ。将来爵位を賜ることはあるやもしれんが、今は平民よ」


「はっ。判りました」


「それで。サノブ殿……。我が娘を診てくれるか」


「ハルバスさんに伝えたとおり、私に癒やせる病かどうか判りません。それでよろしいのであれば」


「ああ、構わぬとも。正直、そう言われた方が安心する。これまで「私にお任せを」「直せぬ病はない」と豪語する者達が何人と訪れ、娘を診察し、薬を飲ませたが……状態は悪化するばかりなのだ。そういう者ほど、先に謝礼金をせがむ。サノブ殿の様に、謝礼は「治ってから」などと言った者は一人もいなかった。それだけでも信用に値するのだよ」


 まあ、人の弱みに付け込むパターンの詐欺が一番お金をかっぱげるからね……。


「娘は、特にここ数週間……状況が悪化していると思う。なんとか。なんとかならないものか……いっそもう、この手で楽に……まで思うこともある……のだ」


「旦那様!」


 うんうん、それはダメ。でも。看護疲れってヤツかな。心もちょっと弱まってるね。苦悩という言葉が似合う。さすが、イケオジ。貴族髭だけどそれもカッコイイ。


「それとな……。サノブ殿のポーションは「美味しかった」とマイアが言うのでね。我が娘がまだ意識があった頃、ポーションが苦い、マズいと嫌がって飲まなかったのを思い出したよ。美味しいポーション等聞いたことが無いが、どうせ飲ますのなら、美味しいモノを飲ませてあげたい。とも思ってしまってね」


 うーん。既に諦めてるな、こりゃ。


「判りました。まずは。ディーベルス様にこれを。病人の世話をするというのは、思いのほか身体も心が疲れるものです。現に一番側にいる貴方様がイロイロと疲れて諦め始めている。これはいけません。ああ、そのカップを貸していただけますか?」


 ハルバスさんが、お茶セット? ワゴンから、ちょっと無骨な陶器のカップを俺に渡してくれる。これでお茶を飲むのだから、綺麗だし、毒なんかの恐れも無いハズだ。

 そこに、中級精力回復剤を空ける。ちょっとだけ残ったのを「見える様に」俺の口に入れる。そして飲む。


 ここまですれば、俺が潔白を証明するためにやったのだと気付いてくれたらしい。ディーベルス様がカップを持ち、それを口に含む。


「なんと……」


 そう。この精力回復剤はスッキリ爽やかな……なんていうか、若干炭酸的な爽快感が味わえる。甘さ抑えめで……ジンジャーエールのまろやか版とでも言おうか。


「全部飲んでください。良くなることはあっても、悪くなることはございません」


 俺が言うと、残りを飲み干した。


「ああ、サノブ殿……これは……凄いな。生きる力が沸いてくる様だ……」


「それが普通の状態なのです。そこまで弱っていたから、なおさら、そう感じるのだとお考えください」


「そうか……私は弱っていたのか……」


 やっと実感出来た様だ。


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