213:お願い
怪我を治療したその日から。非常に厚遇されている。
特に夕食がスゴイ。ほぼ、毎晩「フジャ肉の煮込み」か、それに変わる肉料理がテーブルに並ぶのだ。
これは……太る……。
そもそも、この宿の最大の魅力は飯の旨さだ。それが常に維持されるっていうのがたまらない。
それもこれも、まあ、自作のポーションのおかげって思えば、錬金術士のレベルを上げておいた自分を褒めてあげたい。
天職・料理人の寡黙な親父さんは黙って頭を下げた後、目が合うたびに謝意を示してくるが、悪い気分はしない。というか、娘さんを助けて本当に良かったと思っている。
だってさ。
屋台や食堂で何度も食事してみたんだけどね。基本、押し並べてどぎつかったり、薄かったりで、いまいち美味しくない。
素材はイイ物を使ってる場合も多いんだけどね。特に魔物の肉の美味しさは格別だ。そんな極上の素材を、台無しとは言わないけどレベルダウンさせた状態で、客に出してくるからなぁ。悪気はないのは判るけどね。
自分がこんなに味にうるさいと思わなかった。
ということで、ここに着いて一週間が経過しようとしていた。
「お客様……実は御相談がございまして」
ん? というか、宿屋の親父さん……俺の中では天才料理人が話しかけてきた。これは中々珍しい。どう見ても仕事人な親父さんは客前にはほぼ登場しない。常連さんに「今日も旨かったよ」と声を掛けられても、小さく御辞儀をするくらいだ。
俺も……この宿に泊まり始めてから、初めてハッキリと声を聞く気がする。
「どうしました? っていうか、御亭主自らということは……何か込み入った話でしょうか」
「は、はい。申し訳ありません。できれば、こちらへ……」
表情も複雑だ。困っている様な……決意している様な。
通されたのは、階段を登ったこの宿の最上階。四階はワンフロアでひと部屋になっている。偉い人が泊まるとき様なのかな? 調度品もしっかりしている。他の部屋に無いからな。こんなサイドボード。明らかに高額、高級なのが判る。
「ど、どうぞ……こちらに……」
部屋は幾つかある……な。手前のは使用人用の部屋か。
言われたまま。通された応接間? に置かれているソファに腰掛ける。
「お願いします! してはいけないお願いをしているのは判っています。ま、マイアにしたような……その、奇跡を……奇跡をお願い出来ないでしょうか」
んーなんだ?
「御主人、まずは御名前をお聞きする所から始めましょうか。商売だけでなく、全ての人間関係の第一歩はそれです」
「あ、ああ、そ、そう、そうです、ね。わた、私は、このフジャ肉の煮込み亭を任されております、ハルバス、と、も、申します」
「ああ、私は行商人のサノブです。毎日、美味しい食事をありがとう」
ん?
「あ、こ、こちらこそ、きちんと御礼を申し上げられず。私は、こ、このように話を、するのがあまり得意ではありません、で、し、失礼を承知でお願いして、おります」
「いやいや、女将さんに大事にしないでくれ、御礼も必要無いとお願いしたのは自分ですから、気になさらずに」
「そ、そのサノブ様の、優しさをし、知りながら、本来なら私どもでは支払えない様な高額のポーションを何本も使わせておきながら……恥知らずと思われても……」
「ああ、判りました。とにかく事情があるのですよね。謝るのはもう、止めましょう。まずは話してください。何があったのですか?」
「は、はい……この……フジャ肉の煮込み亭という宿屋は、私の店ではありません」
ああ、そういう事か。
「他に所有者、オーナーがいるということですね?」
「え、ええ。ただ、普通は、その、オーナーのき、希望で私が店の持ち主のふりをしておりまして」
面倒な感じ……だな……この流れ。
「その、わ、私はいぜ、以前、王都でとある、貴族様の厨房に勤めておりました。その際、少々というか、揉めごとに巻き込まれまして、その際に救ってくださった命の恩人がおります」
「その人がオーナーですね? つまり、マスターは貴族のもめ事で命を落としそうになった。オーナーはそれを救ってくれて、さらにこの地で店を任せてくれた恩人と」
ハッとした顔をするハルバスさん。何度も頷く。
「つまりは、その恩人が怪我をしたって感じでしょうか?」
「あ、いえ、その、ディーベルス様ではなく……その……御息女のクーリア様が、病気でして」
「病気……ですか……」
「も、もう、ベッドから起き上がれなくなって一年に、なります。ディーベルス様は様々な癒術士や薬師、錬金術士にも頼られた様ですが……その、御嬢様は一向に良くならず……」
病気はなぁ……。病気治療薬は存在する。だが、様々な症状に合わせて各種用意されていて、というところまでは【錬金術の知識】で知っている。
が。自分のレベルで公開されている【錬金術・肆】でもまだレシピが表示されていない。
うーん。これは……困ったな。
「お願いします。御嬢様を、治していただけませんでしょうか? こ、ここ数日特に、調子が悪いご様子で」
「……まずは。貴方がそこまで願う……御嬢様……その父親の、恩人の……えっと、ディーベルス様ですか。まあ、普通に貴族……ですよね?」
「は、はい……その……はい」
「私は、あまり大事にならないように、と、お願いしたはずです。それが貴族に知れたら……と思うと、既に逃げ腰になっています」
「あ。そ、そんな、あの、その……」
「さらに。その御嬢様が病気、重い病気であるのなら……。私の持っているポーションでは治らない可能性が高いです」
御主人の表情が失望の……ああ……という、まるで漫画かの様な表情に変化した。
「……ふう……まずはくれぐれも……そのディーベルス様にお伝えください。お金は御息女が治った際にいただきます。なので、力及ばなかったとしても、お咎めは御免被ります、と」
「で、ではっ!」
「御主人には美味しい食事を毎日サービスしてもらっちゃいましたからね……」
「ありがとうございます。す、すぐにディーベルス様にお伺いします」
まあ、とりあえず、この都市での調べ物は一段落付いた所だった。なので一度ダンジョンに戻ろうか……と考えていたのだ。
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