212:治療

 娘さんと一緒に転がっているのは……バケツ……か。ああ。足洗い用の水の交換か。よく見れば水も被っている。

 階段で足を滑らせて落ちた所に水の入ったバケツが降ってきた感じだろうか。


「寝かせられるような場所は?」


 娘さんを抱き上げる。


「え、あ、ええ、こっちに部屋が……」


 厨房の脇を通って宿の奥へ入ると、女将さん達の居住スペースらしい。


 そのうちの手前の部屋。多分、マイアさんの部屋のドアを女将さんが開けて案内してくれた。あ。でも……ベッドに寝かす前に……。


「女将さん、俺の天職は錬金術師だ。今も幾つかポーションを持っている。娘さんに使ってもいいか?」


「は、はあ、でも、あの、確か高かったんじゃ……」


「そんなことを言ってる場合か?」


 ちょっと気になるのが頭の傷と……首の角度だ。ちょっと嫌な角度で曲がっているのだ。


「お、お願いします」


「判った」


 慌てて出てきたので、魔法鞄は肩からかかったままだ。中から中級回復薬を取り出す。


 足側を床に落とし、肩を抱いた状態で首をなるべく真っ直ぐになる様にする。


 まずは頭の傷にかける。さっき作った劣化回復薬は……使わなくていいだろ……というか、使えない。性能悪いし、苦いし。


 俺特製の中級回復薬は「ホルベ草+回復薬+モモ」だ。仕上がりはサッパリほのかな甘さで、飲み口も軽い。甘いんだから糖分が含まれている……と思っていたんだけど、これを傷口にかけてもべとつかないのだ。


 ここにスムージーとして向こうの世界のバナナとか砂糖とかを加えると当然、べとつくことになる。

 べとつかないのは、こちらの世界の素材のみで作ったモノだけということになる様だ。


 まあ、なので、頭全体、そして、首の辺りにかかる用に回復薬をかける。当然だけど、濡れる。でも最初から水で濡れていたから、まあ、我慢してもらおう。


 そして。口にポーションを流し込む。……が。意識が無いためか当然の様に飲んでくれない。


 仕方ない……。衛生的にどうかと思うが、現状注射器みたいな機材も持ってないからな……。


 回復薬を自分で口に含み、そのまま、マイアさんと口を合わせ、思い切り流し込む。


ビクン!


 うおっ。効果有りか!


 もう一度、流し込む。


ゴクン……


 喉が動いた。


「よし! これで……」


 口にポーション瓶を押しつけて、溢れてもいいやとばかりに、瓶を傾ける。


 連続して喉が動くようになってきた。ああ、これで大丈夫かな。中級って回復能力が結構スゴイらしいからな~。

 初級とそう変わらない材料でこれが作れるってスゴイコトですよってシロも言ってたし。


「あ、あれ……あれれ? びしょび……きゃあ! え! ええ! おきゃ---っ」


 よし! 意識が戻った!


「マイア! マイア! あんた! 大丈夫なのかい? 身体は? 動く? 痛いところは?」


 悲鳴を上げて暴れられる前に、女将さんに強奪された。ああ、あああ、だから揺すっちゃダメですって。


「女将さん、揺すっちゃダメだ……」


「あ、ああ、そうだった、す、すまないね、お客さん、な、治ったのかい? マイアは……」


「多分、どうにかなったはずだ。マイアさん、ゆっくりと、少しずつ、首を動かしてみてくれるかい?」


 いきなり女将さんに抱きしめられてワケが判らないまま、首を……ゆっくりと動かす。左右……上下……。


「痛いところは? 無い?」


「は、はい……」


 パニック状態で暴れる……のは女将さんのおかげで避けられた。良かった。首……変な風に曲がってたからな……。

 

「良かった。念のため……これも飲んで」


 もう一本。中級回復薬を取り出して、蓋を開けて彼女に渡す。


 これを? という顔で首をかしげる。


「お客さん、そんなに沢山のポーションを! うちはそんなにお金が!」


「いいよ。今日も美味しい食事を食べさせてくれれば。さあ、飲んで」


 意を決したかのように、目をつぶってポーションを口にするマイアさん。


「にが……くない……というか、美味しい」

 

 さすが、天職「料理人」の娘。ってあれ? シロにも言われなかったし、俺も全く考えが及んでなかったけど……。


名前 マイア


天職 料理人

階位 2

体力 15 魔力 13


 やっぱり……というか、鑑定できるじゃん……俺……なんで魔物とかに鑑定使って無かったんだ? ……ああ、そうか。シロが常に教えてくれてたからか……この都市に向かって、シロと連絡が取れなくなって、【感知】で魔物を感じたら、【隠形】を意識して離れて動いてたからな……。


 ってでも、あれ? 俺、自分を鑑定すると種族まで表示されるようになってたよね?


名前 村野久伸むらの ひさのぶ

種族 ハイエルフ


天職 錬金術士

階位 32

体力 95 魔力 139


天職スキル:【錬金術の知識】【練成】【錬金術・肆】


=隠蔽=========

天職 迷宮創造主ダンジョンマスター

階位 32

体力 28 魔力 125


天職スキル:【迷宮】【結界】【鑑定】【倉庫】【収納】

【異界接続】【渡界資格】【言語理解】【次元扉】


習得スキル:

【気配】【剣術】【盾術】【受流】【反撃】【隠形】【加速】【棒術】【拳闘】【魔術】【手加減】【周辺視】

=隠蔽=========


 ああ、うん、自分の能力は変わりなく表示される。


名前 マイア


天職 料理人

階位 2

体力 15 魔力 13


 情報……少ないな……この辺、今度シロに聞かないとな。


 まあ、でも、体力も回復してる……してるんだよな? 多分。体力最大値が判らないからな。魔力とそう変わらないと思うんだけど……。



名前 マイア


天職 料理人

階位 2

体力 15/15 魔力 13/13


 あ。表示変わった。ああ、そうか。【鑑定】って表示方法を変えられるんだっけ。確か。

 おお。よし。HPは戻ってる。これは完治している……ということで良いんだよな? 多分。よかった。


「よし……大丈夫そうだ。女将さん、とりあえず、今日は寝かしておいた方がいい。治っているとは思うが、万が一ってこともある」


「は、はい。判りました、ありがとうございました。あの、本当にお代は……」


 まあ、うん、いいよ。本気で。あ。でも。


「ああ、そうか。今回使ったポーションは、無限にあるわけじゃない。当然、値段もそこそこするしね。だから、タダでポーションを施す錬金術士がいる……と、この都市で知られてしまうと、私は他へ急がねばならなくなってしまう」


「は、はあ」


「それこそ、ご近所さんにいるだろう? 以前から身体の悪い御仁は。その人達を全員治して周るのは無理があるんだ。しかも当然の様に、娘さんと同じ様に安くしろ、タダにしろと言ってくる」


「そ、そりゃそうかもですね」


「なので、この話は旦那さんくらいまでにしておいてくれ。恩を感じると言ってくれるのなら、私のしたことを内緒にしておいて欲しい。幸い、他のお客さんに見られてないし」


 この時間帯はまだ、泊まり客も外に出ている。まあ、雨のせいで早めに、そろそろ戻ってくるかもしれないが。


「わ、わかりました……だ、誰にもいいません」


「良かった。この都市は良い都市だ。宿もここがあるし。予定を変更して早急に出立しなければならなくなるのは、自分としても本意じゃ無いんだ」


「ま、マイアもいいね? お父さん以外、誰にもいうんじゃないよ?」


 マイアさんも激しく頷く。


「ああ、急いで髪の毛をよく拭いて、着替えをした方が良いね。折角怪我が治ったのに、このままでは違う病気になりそうだ」


 マイアさんは未だにびしょびしょのままだ。さすがに冷えてくるだろう。風邪があるのか判らないが、似たような病気は存在するハズだ。


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 女将さんが凄まじく感謝しちゃってる気がするけど、まあ、うん、しょうがないか。アレ、多分、瀕死だったしな……。秘密を漏らさなければいいや……。



 

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