211:劣化回復薬
「とりあえず、十泊でお願いします」
「かしこまりました~」
五泊でちょい割引、十泊でもうちょい割引で、一泊六銅貨になるのだ。これはお得!
……と心の底から言い放ってしまえるくらい、打ちのめされていた……様だ。大事だな……心を整えるって。特に最低限の衛生とかその信頼とか……。
いや、すまん。単純に飯が不味いのは耐えられん。お金を払って食べるご飯は、美味しくなくていけない……という常識が、異世界でも抜けない。
あの辺の料理で満足しろと言われても、正直無理。耐えられて一回。初回限定だ。舌が肥えていて、どうもすいません……。
そんなわけで、某洞窟亭を朝一でチェックアウトした直後に「フジャ肉の煮込み亭」に速攻で戻ってきてしまいました……。
少々高いくらいが何だ! 頑張って稼げばいいじゃない! おー!
何だかんだ言って、部屋も素晴らしいしな。水場あるし!
とテンション高めで言い訳してしまうくらいには、心やられていた様だ。危険。危険。
異世界にはチェックイン時間の制限、一時から~とかそういうのは無いらしい。部屋が開いていれば入れる。シンプルだ。良かった。
前回と同じ感じの部屋に案内されて、ひと息ついて窓を開ける。
ああ、窓は当然の様に木製だ。外側に板の雨戸、次に光りが入る様になっている斜光窓の「二重窓」になっている。
若干、空模様が怪しいと思っていたら、雨が降ってきた。異世界だから、ファンタジーだからで忘れていたが、当然の様に雨は降る。
魔術があるからね……水の循環システムが地球と一緒とは限らないなんて思っていたけれど。
雨は次第に激しくなってきている。この都市へ向かう最中、森の中でこの雨に遭わなくて良かった。
それにしても、雨が降ると一気に人通りが少なくなる。
窓から見ていると、傘……が無いのか、邪魔だから使わないのか、道行く人は油を引いたようなテラテラした革のマントを被っている。
女性や子供の姿は見えない。
買い物していて思ったのだが、都市の中でも女性の外出姿は「あまり」見かけない。子供なんて皆無だ。これが防犯のためなのか、買い物というか家の外のは男の仕事と決まっているのかは判らない。
まあ、とにかく、雨の中を歩くのは男が多いのは間違い無かった。
しばらく窓から通りを見ていたのだが、風向きが変わったのか雨が吹き込んできたので、板戸を閉じた。
一気に暗くなった。
灯りを……と思ったが、備え付けのランプは油を使用するタイプだ。これ、前回使ってみたのだが、少々臭う。獣油なのかもしれない。なので、自前の灯りの魔道具を取り出す。
こんなこともあろうかと……。
【錬金術・弐】で判明していた灯光台のレシピを改良して、LEDランタンモドキを作っておいた。
魔道具の便利なところは、簡易結界で判る通り、使用時のイメージで効果等が自由に設定出来るところにある。このLEDランタンの魔道具も灯を付ける際に「日の光の半分くらい」と思いながら、スイッチオン。←これもイメージだ。
ぽわっ
柔らかい、光りが周囲を明るく照らす。正直、日の光半分とはいえ、かなり明るい。さらに、獣油ランプよりも広範囲を照らす。この辺、不思議力ならではだ。
部屋が明るくなったついで、昨日、試しに購入してみた「採集からかなり時間が経過した程度の悪いホルベ草」を取り出す。これでも三枚くらいの束で金貨三枚、三万円もした。
「三万円の価値が……あるのか? これ」
物価として考えるとかなりお高い。とりあえず、【結界】→球形の「正式」の中で粉々に砕く。こんな劣化した状態のホルベ草は見たこと無いからなぁ……。
いつも通り、細かく砕けた所で、回復水を加える。そしてさらに攪拌する。
いつものよりも……なんかどす黒いな……これまたいつも使っているDPで購入した、縦長のガラス製のジャーの様な、蓋付きのポーション瓶に落とし込む。
黒灰色の液体が完成した。
実は、これまでもこの状態での試飲は何度もしている。色は違うけど。ホルベ草+回復水。よく混ぜた状態。少々青臭いけれど、飲めない苦さじゃ無い。だったハズだ。
ということで、飲んでみる。
ムグッ!
ぺっぺっ……だめだ。なんだこれ! 同じ素材で作ったとは思えない……どういうことだろうか。
「劣化体力回復薬」
鑑定結果だ。劣化……って。初級以下ってことか……。が付いちゃってるよ……。どういうことよ。体力回復しないで、低下しちゃうんだろうか。確かに飲み口から考えて、作り手の体力は減少している感じだ。
これに……俺の持っている「モモ(のようなの)」を加えるのはちょっと勿体ない気がする。というか、やだよね……これ。色も。
とはいえ、せっかく買ってきた素材だ。研究してみようと何度か試行錯誤してみる。……何度試作しても、一向に劣化体力回復薬しか作れない。
というか、これ、俺の腕が悪いのかな……ひょっとして。こんな最悪の素材で、初級体力回復薬とかちゃんと作れちゃうのだろうか。スゲーな。異世界の錬金術師。
ガダガダダーン
ダメなりに没頭し、結構時間が経過したその時。なんか嫌な……音が響いた。
? なんだろうか。階段を上るときに何かを持っていて、それを落とした……とかかな?
それにしても派手な音だったので、気になってドアを開け、階段の方へ向かう。
「マイア! マイア!」
叫んでいるのは女将さん……かな? って名前を呼ぶってことは……。
階段を降りると女将さんが、娘さんを振り動かして叫んでいた。
娘さん、マイアさんと言うのか……っていうか、頭から血が出ている。頭部にかなりの衝撃を受けていると思っていいだろう。
いやいやいやいやいやいや……。
頭を打った場合、揺さぶっちゃだめよっていうくらいの知識は常識として知られていないのだろうか?
「女将さん、揺さぶっちゃダメだ」
「え? あ、ああ! お客さん、マイアが、足を滑らせたらしくて! こうして倒れていて……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます