210:素材

「伍級の冒険者カードです。間違い等ございませんか?」


「大丈夫のようです」


「紛失した際の再発行には一銀貨いただきますので……」


「ああ、良く知ってる」


 何となくさっきの女性職員を見ながら言う。彼女はうつむき、目を合わせなかった。


 入ってきた際には気が付かなかったが、ホワイトボード……いや衝立が設置されている。その内側に、依頼票とでも言うのだろうか? 文字の書かれた羊皮紙や紙が貼り付けられている。大きめの付箋だな。見た目は。


「銀貨5枚 漆級 排水溝掃除 5892」

「金貨1枚 陸級 害獣駆除 745」

「金貨1枚×日数 肆級 護衛 イザール往復 41」……etc.


 様々な依頼が貼り付けられている。


 ああ、何かいいな。これぞ、冒険者ギルド。これぞ、ファンタジー。

 最初の金額が報酬。次に受注に必要な級数。依頼内容。最後の番号は……ギルド内での依頼識別番号だろうか?


 初めてこれを見た異世界人ですら予想、想像出来たワケだから、判りやすい。うん。簡潔にして要を得ている。


 当初の予定通り、商人ギルドと冒険者ギルドに登録し、活動出来る様になった。


 さて、長期的な目標、やりたい事は多々あれど、直近では何をするかな? と、考えながら、依頼を読んでいく。


 うーん。様子見するにも、まだまだ、情報が足りないな。

 よし。こういう時は市場調査だ。何事も足で稼ごう。


 今日は、依頼を受けるのは止めておいて、カウンターで冒険者ギルドのお薦めの宿を聞く。


「サマークの洞窟亭」は冒険者ギルドの裏手にあった。洞窟と言うだけあって、全体的に暗い。って、薄汚れているのか。そう思うと昨日の明るさが素晴らしく綺麗由来だったのだと気付いた。


「フジャ肉の煮込み亭」は一泊二食付きで7銅貨だったが、ここは4銅貨。半額だが、数件の高級宿屋を除くと、こちらが平均らしい。なんなら高い方だという。


 一部屋頼んで鍵を受け取る。システムは煮込み亭と一緒だ。食事は酒場兼食堂で。時間は決まっていないが、無くなってしまうこともあるらしい。そうなると喰い逃しだ。お金払ってるのに! なんて理屈は通用しない。


 なのでなるべく早めに、だそうだ。


 部屋は……明らかに、煮込み亭の方が上だった。そもそも、水場用の部屋が付いていない。ワンルームだ。部屋の隅にトイレの箱が置いてあった。

 まあでも、ベッドはちゃんとしていると思う。布団やマットレスは煮込み亭とそう変わらないし、シーツも清潔だった。日干しした、日向の匂いがしたし。


 さて。あらためて。時間はまだ、昼にもなっていない。


 宿屋のおじさんに、市場の場所と、主な店の場所を聞く。今日はすぐ近くの市場が立っているらしい。

 この辺り周辺は安くて量が多いというのが正義っぽい説明だった。判りやすいな。


 市場は東南アジア等で良く見る、屋台を持ち寄って構成する感じのようだ。蚤の市のように様々なモノが置いてある。


 ごった返している販売台は古着屋の隣に串焼き屋。その隣は……砂を売ってるのか? そのさらに隣が葉物野菜かな?


「衛生管理……なんて言葉も考え方も無いか」


 屋台によっては食材が投げ出されていたり、商品の汚れも目立つな……。なかなかハードだ。


 ……アレ? でも……数件覗いただけだが、店舗系の商店はかなりしっかりしてた……それこそ、向こうの世界でも通用しそうなレベルだった。


 屋台……市場独特の慣習とか慣例なのかな……ワザと雑多な不確定集合体を、集団で演じている……それはないか。必要性を感じないし。


 葉物野菜を扱っている店の隣は……さらに葉物野菜の店だった。ってイヤ……これは。


「薬草?」


「おお。お客さん、薬師さんかい? うちは良い葉を揃えてるよ」


 ……って……結構……どころかかなり干からびている草が数本単位で括られている。


 アレって……確か、「ホルベ草」だよな……俺の見間違えじゃなければ。


「ホルベ草」


 うん。間違ってない。とはいえ、俺の知っているモノとはなんていうか……大きく違う。既にからからに乾燥しちゃってるじゃない。栄養分とか成分が流れ出ちゃった後、出がらしってヤツじゃ無いの?


 他にも様々な効果の薬草が置いてある、ぶら下がっているが……うーん。摘み立てを知ってる自分としては、これは買う気にならないな。


 これで作られるん……だよな? ポーションが。あまり想像したくないけど、どんなクオリティのモノが作れるんだろうか。ちょっと怖い。


 というか、薬師……か。錬金術師じゃ無くて。この辺の説明が欲しいな。


 正直、美味しそうな匂いが漂ってくる屋台も多々合ったのだが、市場の混雑っぷりが、俺には逆に不衛生に感じてしまって手が出なかったのだ。距離感がとんでもなく近いし。


 郷には入れば郷に従え。その通りだと思うのだが……うーん。

 

 所々で値段を確認しながら市場を練り歩く。


 香りモノ……匂いの強い草を扱っている店で胡椒の値段も確認する。残念な事に香辛料らしい香辛料は胡椒くらいしか無かった。

 商人ギルドでミレッタ……さんだったかな? 彼女が言っていた通りだった。あんなスピード返答で嘘をつくとも思ってなかったが、確認するとさらに評価が上がる。


 最初に感じた不快感のせいで、購入するわけではなかったが、かなり歩き回って価格調査をしてしまった。そういえば昔こうやって量販店巡りとか、専門店巡りをしたな……と。


 お腹を空かせて、サマークの洞窟亭に戻って食堂に向かう。


「……」


 肉がそれなりに入った野菜スープ。固い黒パン。


 最初、思わず「え?」と言ってしまいそうになった。そして、しばらくしたらメインが来るのかな? と思っていたのだが、一切こない。終了だった。


 いやいや……違い過ぎない? 良く周りを見ると、これにエールを頼んで……あ。つまみに腸詰めを頼んでいる。それと固い黒パンは三個まで食べられる様だ。


 って食べないけど。


 次の日の朝。朝食に全く同じモノが出てきたので、早々に宿を引き払い、食事って大切だな……と今さらながらに確信したのだった。

 

 

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