207:冒険者ギルド

 自然に目の覚めた朝は快適そのものだった。窓を開けて日の光を浴びる。


 城砦都市は基本、土地が無い。


 なので密集して建物が作られているが、この宿は馬車道に面している。ちょうどそれが東向きなので、朝日が入るのだ。


 というか、この世界も東から太陽が昇り、西に沈む。この辺は地球と同じだという。


 装備を調え、荷物を全部持ち、食堂に下りる。鍵を返してチェックアウトだ。昨日の娘さんを少々ふくよかにした女将……多分、お母さんだろう。が、対応してくれた。


「お客さん、朝飯は食べてくんだろう?」


「お願いします」


 出されたのは昨日の煮込みを薄くしたスープと、パン、そしてキャベツの浅漬けだった。というか、ザワークラウトみたいな感じで、この地方と言えば、このキャベツの浅漬けなのだろうか? そもそも、浅漬けって新鮮な野菜が無いとできないよな?


「ああ、キャベツの薄漬けが珍しいんだね?」


 出された食事に対する俺の目線に気付いたのか、女将さんに訪ねられる。


「ええ。他ではもっと……濃いですよね」


 予想、だ。実際に他の都市へ行ったことが無いので食べたことなど無い。が。この世界の標準的な食文化……として考えると、この手の漬物は保存用で、深漬けが当たり前だ。塩っ辛くなるのが普通だろう。


「そうだね。元々は保存用の食べ物だからね。塩っ辛くなるんだよ。それを洗って食べるのが普通じゃないか。でもね、うちの亭主が短く漬けたやつの方がさっぱりして旨いって言ってね。特にうちの名物の煮物は味が濃いめだからね。丁度いいのさ」


「確かに。この薄味は……いくらでも食べられそうです」


「だろう? カンパルラ周辺はキャベツを作ってる農家も多いからね。この時期は新鮮なのが手に入るのさ。とはいえ、うちの旦那の絶妙な塩加減があってこそなんだけどね。やり過ぎるとえぐくなっちまうのさ」


「ほほー」


 さすが一流だ。そうなんだよね……塩加減って難しい。自分で作って自分で食べるだけなら適当でいいんだけど。この世界の一般的な塩は岩塩で精製技術がいま一歩なのだ。俺が舐めた感じ、えぐみが出やすい気がする。なので天職「料理人」には、一般人には判らない味覚追求の技があるだろう。というか、旨い。


 朝飯を食べて宿を後にした。


 昨日教わったとおり、南門の門前広場へ向かう。広場でこれまたいちばん大きい建物が冒険者ギルドということだった。


 改めて確認すると、すれ違う人の髪は茶色が6割。黒が2割。赤みがかったのが1割。そして金や銀が1割位だろうか?

 瞳の色は……基本、茶系統か。他人の目をジロジロと見つめられるほどコミュニケーション能力は高く無い。

 何となく色が薄目の人もいるので違う色の瞳を持つ人もいるのかもしれない。


「冒険者互助会カンパルラ支部」


 商人ギルドと同じ様な看板、表札が掲げられている。一般的に互助会をギルドと呼ぶ感じなのだろう。商人ギルドの建物は四階建てくらいだっただろうか? こちらは二階っぽいが、横幅は大きい気がする。


 扉を開けて中に入ると、基本は商業ギルドと同じ様な作りになっているようだ。カウンターに鉄格子。あちらよりも……心なしか頑丈に作られている気もする。待合のスペースに冒険者……らしき姿は見つからなかった。


 さらに、そのスペースの奥からそのまま、食堂兼酒場に繋がっている様だ。この辺が商人ギルドと大きく違う。


 煙草の紫煙が漂ってくる。表通りに面した窓は開け放たれているので、外の明るい日差しが差し込んで来ているのに、若干怪しい雰囲気が感じられた。多分、見えないだけで昼間から飲んでいる冒険者もいるのだろう。


「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」


 キョロキョロと周りを見渡す俺に気付いた……というか怪しんだのか、受付の女性事務員が声を掛けてくれた。


「あ、はい、実は盗賊に襲われて荷物を奪われまして。その中に冒険者カードを入れていたのです。再発行をお願いしたいのですが」


「でしたら、こちらへ」


 端の窓口に案内された。


「再発行には初期費用の一銀貨に加えて再発行手続き費用として五銀貨いただきます。よろしいですか?」


 ん? 妙に高いな? というか、なんで、再発行手続きが五銀貨もかかるんだ? 俺は前の冒険者カードを失っている(ということにしている)。で、ある以上、別に新規発行でも問題無いハズだ。


「? 再発行した場合、自分の失ったカードの情報が引き継がれるのですか? 冒険ギルド預かり金ですとか」


「いいえ。以前の冒険者カードが無ければ、引き継げません」


「あ。それなら、新規で発行してもらえませんか? それなら一銀貨で済むんですよね?」


 何故か、女性事務員が顔をしかめた。おいおい。そしていきなり横柄な態度を取り始めた。


「……なら一銀貨。出して」


 ……どういうことだよ。そりゃ。あ。そうだ。そういえば。


「こちら、商業ギルドのマートマンズ支部長様から頂いた紹介状になります。こちらのギルドマスター様宛となっておりますので、よしなに」


 封蠟で閉じられた紹介状を取り出して、カウンター越しに差し出す。なっ! という表情で表情を変えた事務員が、若干震える手でその手紙を引寄せた。そのまま、宛名などの確認する。


「しょ、少々、お待ちくだ、ください」


 極端に丁寧になった言葉使いと共に、慌てて席を立ち、後ろの方へ移動する。まあ、とりあえず、紹介状は上役まで認知されたようだ。


「あの、さ、先ほどの……件……あの」


「ああ、貴方が私の様な無知な冒険者から、冒険者カードの再発行の際に五銀貨をむしり取ってポケットに入れていたことですか?」


 周りに聞こえない声で脅す。既に顔面蒼白で脂汗状態だ。見た目はそこそこ綺麗なだけに、歪んだ表情に違和感を感じる。


「再発行だけでは無いだろう? 他にも何かと無知な者から、金を巻き上げているな? それを全て露見させてもいいのだが……」


「ひっ……そ、それは……それは……」


「ならば、お前が反省して……これまで被害を与えた全ての冒険者に金を返し、さらに今後二度としないというのなら事を荒立てずにいてもいい。私もこの都市に来たばかりでもめ事に巻き込まれたくないからな」


 貴族関係者……ひょっとして俺も貴族なのでは? と思わせるような口調で脅す。


「は、はい……」


 彼女の右人差し指の根本辺りに……薄い黒い線が描かれる。よく見なければ分からない、薄い薄い線だ。指輪でもすれば隠れてしまうだろう。


「今、術をかけた。その線はお前が俺に対して不誠実であるとドンドン色濃く、そして太くなる。最初は指が黒くなる程度だが、そのうち、肌の色が真っ黒になり、最終的には影と同化してしてしまう」


 嘘だ。魔力で黒い線を描いただけだ。シロがやってくれる【洗浄】【修復】。アレを魔術で再現できないかとイロイロと

解析しているのだが、未だに自分で使用出来るようにはなっていない。必要性も無かったしね。

 が。【洗浄】の逆、汚すことなら多少は使いこなすことが出来る様になっている。天職が錬金術士でも問題無く使えるくらいに「軽い」。


 で。今使ったのは、俺の中で「油性マジック」と呼んでいる術だ。名前通り。いろんな所に書けて、定着の仕方もマジックに似ている。


「い、いや……ああ……」


「この都市での、この手の犯罪の罰は?」


「……」


 平民の詐欺、さらに横領……。俺の知っているこの世界の一般的な法で見積もれば。百叩き、石投げ、鉱山送り……どれも女性の体力では最後まで耐えられず、刑罰執行中に死んでしまうものばかりだ。


「それよりはマシだろう?」


 震えながら頷く。



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