206:職業と天職

「今日はうちの名物「フジャ肉の煮込み」だよ。どんなに旨くてもおかわりは有料だからね」


「ああ、判ったよ」


 笑顔には笑顔で返す。並べられたのは1㎏弱はありそうな大きな肉の煮込みと野菜の漬物。そして大きめの丸いパンが2つ。


 肉の煮込みは……ハーブ系の草が一緒に煮込まれていて良い匂いをさせている。


 ソースをなめると……ああ、ワインベースの煮込みか。非常に浅いのだが、古典的なブラウンソース……なんていうか元祖の様な味わいになっている。

 よく見れば、ハーブの他に、様々な野菜が一緒に煮込まれ溶け出している様だ。玉葱、人参、セロリっぽい野菜もあるんだな。


 スプーンでスッと切れる肉。おお……と感動してしまう。圧力鍋なんてないだろうココで、こんなに丁寧な仕事をするというのは非常に大変なんじゃ無いだろうか? 格別の仕事に、何処のグルメリポーターだっていうくらい、丁寧に口へ運んでみる。


「うまい……」


 つい、呟きが口から漏れた。


「だろう? お兄さん、味が分かるみたいだねぇ。いいよ~。うちの店の料理はカンパルラでも極上の部類だからね。食べれば食べるほど、他の店で食事が出来なくなるって有名さ。沢山食べとくれよ」


 先ほどの女給さんがこちらをバッチリ見ていた。というか、自分が座った店の出入り口そばの席は、彼女の待機場所が目の前だった様だ。なんか恥ずかしい。


「ああ、確かに極上といわれているのも納得だ」


 シチューを口に運ぶスプーンが止まらない。というか、味付けは……見た目通り、予想通りだ。

 正直、ソースの味付けはいまいち浅い。深みがないのだ。グルメ番組風に言えば、スッキリしすぎている。

 だが……多分素材がとんでもない。肉の旨味、肉の質、肉の食感。その全てが自分がこれまで食べてきた牛肉、豚肉、鶏肉……あらゆる肉を凌駕している。味付けがイマイチでも、食材の味がそれを盛り返し、付け足して、さらに満足感を舌に感じさせてくる。


「凄まじいな……この肉」


「だろう? ただただフジャを解体して焼いただけじゃこの味は出せないからね。うちの親父の経験と腕あってこそのこの味さ」


「そうだろうね……経験と腕。いや、才能もあるんじゃないか?」


 フジャはフジャガスという魔物だ。牛くらいの大きさの猪豚……といった感じだろうか? それなりにレベルが高く、魔物のため死骸が残らないので、価値が高いようだ。

 こちらの世界の情報を得て判ったのだが、シロの知らない魔物が多数存在している様だ。多少進化し、呼び方が変化しただけで、大元になる魔物は変わっていない……らしいのだが。

 それこそ、このフジャガスは、ハードボア、ビッグボアの系列で進化し、巨大化したのではないかと言っていた。


「にししししし。結構お目が高いねぇ。そうだね。うちの親父は天職が料理人さ。味一流と御貴族様のお墨付きだからね。だから、メニューは少ないけど、こんなに店が繁盛してるのさ」


 職業と天職が合致している。これが当たり前……と、ゲーム脳的には思っていたのだが、実はそうではない。


 副職転職の説明で、シロ……ではなく天の声さん、女神様も言っていたが「騎士は天職では無く、通常の職業として存在します。賢者は〇〇の賢者などの俗称として存在します」だ。

 天職は剣士の人が、実際に生きて行くためにどこかの騎士団に入り、騎士として給料を受け取る。そういう社会ということだろう。


 宿屋の店主兼、料理人がこの女給さんの父親だが、天職は料理人なのだろう。この合致がこの異世界では結構珍しい。特に非戦闘職では珍しいという。


 俺の様に副職も転職も出来ないので、命の危険に晒されていない非戦闘職ではその辺はあまり気にしなくなったのではないか? 都市内で生活が終結する非戦闘職は職としてあまり人気が無く人材不足でその辺を気にしていられなくなったのではないか? というのがシロの予測だ。


 周囲に魔物が徘徊する世界だ。都市から出ずに生活する者も多いのだが、その分、都市外で働く者の立場、地位が非常に高いらしい。安定した生活が最も尊いという、元の世界の感覚とは大きく異なっている。


 それこそ、俺の現在の肩書きは商人だ。天職は錬金術師。商人として大成したいのなら、天職を商人や文官に転職した方がいいのだろうけれど。

 商人単独じゃ、面白くないもんなぁ。別に金儲けだけしたいわけじゃないし。特にこの異世界の感覚に合わせたいとかじゃないんだけど。


 確かにいつの間にか、店はほぼ一杯だ。明らかに宿泊客だけの数じゃ無い。普通に飲みに来ている一般客も多い。


 パンは固めだったが、焼きたてなのか、香ばしくて旨い。添えられていた野菜の漬物は「キャベツの浅漬け」に非常に似た味でサッパリとしている。


 思わぬ美食にあっという間に完食し、部屋に帰る。


(それにしても……ハーブはあっても香辛料の種類は少ないんだな。食べた限り胡椒すら使ってない感じだ。……さっきの肉……胡椒と塩を大量に振って、焼いたら……さらに醤油とわさびと大根おろし……と思うと……いかん、ヨダレが……大根系はありそうだけど……これ、食べるの大好き片矢さんに食べさせてあげたいな)


 ベッドは思った以上に寝心地が良かった。シーツの下は固いスポンジというか……素材はなんなんだろう。そのうち聞いてみるとしよう。


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