205:宿屋フジャ肉の煮込み亭

 商人ギルドを出て、そのまま、オススメされた宿屋へ向かう。あれだけ好待遇を約束されたのだ。この都市に慣れるまでは提案に従っていくのがベストだろう。


 特に先ほどの取引で考えていたよりも、多額の現金が手に入っている。あまり深く考えずに宿泊して問題無いはずだ。


「綺麗だな……」


 案内された宿は一階が酒場兼食堂、二階、三階が客室になっている。外側は都市の他の建物と一緒で石造りだけど、中はペンションの様な……とでも言えばいいか。

 他の建物よりもなんとなく綺麗なのは……外壁を塗り直したりしているからだろうか。


「いらっしゃーい」


 受付で、看板娘らしき女の子に「商人ギルド」の紹介と告げると、すぐに部屋を用意してくれた。


 案内された二階の部屋は、かなり清潔で小綺麗だった。鍵も……きちんとかかる様だ。


 ワンルームのビジネスホテル……ベッドがほとんどのスペースを取ってしまう向こうの世界の部屋よりも遥かに広い。十畳以上はあるだろうか? 


 既に外は暗くなっているため、窓は閉まっている。窓ガラス……は無い様だ。魔道具の灯りではなく、油を利用したランプがぶら下がっている。


 この部屋には、もう一つ個室が用意されている。その一角が石の床材で出来た、流し場? になっていた。ここで水浴びをするのだ。風呂の代わりということだろう。

 当然湯船はない。魔術で水を出せる者はここで水を浴び、使用出来ない者はお湯を持って来てもらって身体を拭く様だ。

 排水用の穴が開いていて、汚水が流れ出るようになっている。下水……の考えがある感じか。これ、どこに流れ着くのだろう?


 その流し場のある部屋に置いてある、トイレは箱だ。防臭の効いた箱。中に、臭い消し効果のある枯れ葉が敷き詰められている。フタを開けると便座の様な形になっていて、そこでする。部屋の掃除の際に使用人が箱の中身を処理するシステムのようだ。


 靴はここまで掃いてきている。建物の中は土足厳禁ではなく、洋風といった感じだろうか。

 自分の様な行商人や冒険者、都市の外で行動する者が履くのは主にブーツ、編み上げのブーツだ。こいつは着脱に非常に時間がかかる。玄関で脱いだり履いたりしていては、時間がかかりすぎ、スペースを取ってしまい邪魔になる。ベッドに腰掛けて個別に準備するというのが理に適っているようだ。


 ブーツを脱いだ。当然の様に蒸れている。今はまだ耐えられてる……けど……これ臭くなるんだよなぁ……。


 部屋の隅に水の張った桶が置いてあったので、それで足を洗う。宿内の移動はスリッパ形状のサンダルで行うようだ。というか、アレだ、ク〇ックスだな。これ。皮のようなゴムのような素材で作られている。


 魔道具では無い普通の鍵(確かスケルトンキーというタイプだったハズだ)を使い扉を閉め、サンダルを履いて、一階の食堂に下りた。食事は食堂でと言われていたからだ。念のために魔法鞄は肩から下げたままだ。


 開け放たれている小さめの窓。既に日は落ちて外は暗い。部屋の灯りと同じ、ランプが幾つか吊り下げられている。

 ああ~これも何か見覚えがある暗さだ。アレだ、某夢の国の海賊のアトラクション脇のレストランだ。洞窟を模した感じのヤツ。あんなに開放感は無いけど。


 酒の臭いと紫煙。煙草の様で違う感じ……まあ似たような物か。パイプ……煙管のような物で、何かを吸っている。


 煙がいまいち気に入らなかったので、なるべくそれを避けて、空いている席に座る。結果として入口近くになってしまった。


「お客さん、飲み物は?」


 席に着くなり、給仕の女性が近付いてきた。確か、夜と朝の食事は宿代に含まれているけれど、それ以外の飲食は別料金のハズだ。


「酒以外で何かないか?」


「おや。飲めないのかい? なら~リンゴ水にでもしとくかい?」


 リンゴ水。美味しいとも思えないが、【言語理解】のスキルは俺の知る一番近い単語に翻訳してくれる。つまり、リンゴ水と翻訳されたのであれば、リンゴ味の水ということだろうと想像出来る。


「ああ、ならそれで頼む」


「銅貨だよ」


 ポケットから銅貨を一枚出し、彼女に渡す。

 

 彼女の顔はヨーロッパ風で髪の色は茶。着ている服のデザインは商人ギルドの事務員さんたちが着ていた腰の部分で紐を締めるタイプのワンピースと同じだ。ただ、色が浅い青で、シャツを着ていない。なので、胸元が非常に強調されて自己主張している。


 世界各国で行われている、ドイツのオクトーバーフェストというビールを浴びるほど飲む祭があるが、それの象徴的なウェイトレス衣装に近い感じだろうか。細かい所は違うのだが。というか、正直、目のやり場に困る。


 宿の食堂とは言え、酒飲みを相手にする店だ。その手の需要もあるのだろう。そういうのの相手もする感じなのかもしれない。


「食事は宿泊のセットで構わないかい?」


「そうだね。足りなかったら追加で何か頼むとしよう」


「あいよ~」


 元気の良いことだ。視線が胸元に行かないように非常に苦労した。ランプの灯りは大した光量ではなく、暗いので良かったと思う。


「今日はうちの名物「フジャ肉の煮込み」だよ。どんなに旨くてもおかわりは有料だからね」


「ああ、判ったよ」

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