203:謎の小袋

「さて。その魔道具とは別に……なんですが。もう少々御相談が」


「ほう、まだ、何かな?」


「実は、私、商っているのは魔道具だけでは無く」


「まあ、それはそうだな。行商人と言えば、村から村、町から街へ、よろずに様々な要望を叶えるのが普通だ。都市巡りの大型隊商ならともかく。ある程度満遍なく商品は持ち歩くのが普通だな」


「はい。まあ、正直自分のメイン商材は魔道具でしたので、そちらに偏っておりまして。あまり量はないのですが~このような物も」


 そう言って、魔法鞄の中から麻の小袋を取り出す。これは、袋詰めや瓶詰めだった物をわざわざ、詰め替えて入れてきたのだ。

 この辺の定番は樹海で亡くなっていた彼の荷物にあった商品のパッケージが非常に参考になった。


「こ、これは……」


「ご存じですか?」


「い、いや、このような大粒の物は見たこともないが……同じ匂い、形の物は知っている。これは……胡椒なのか?」


「ええ。実はこれはかなり南。ラカント王国よりも南で採れる、胡椒の希少種でございます。通常の物よりも大粒なのが特徴ですが、薫りや味も大きさに合わせて強烈なのが特徴で」


「おお。確かに、砕く前から薫りがすごいな……」


「少量ですので大きく商いすることは適いませんが、他にも珍しい香辛料を取りそろえております」


「少量か……まあ確かに、片手間で運ぶにはこれ以上の商材は無いか」


 薫りを嗅ぎ、細かく確認している。


「はい。手持ちはこの袋で五袋といった程度で。相応しい売り先を御紹介いただけませんでしょうか?」


「まあ、貴族だな。それも高位で食通で知られる者に……いや。サノブ、お前は今、とにかく現金が必要なのだな?」


「はい。奪われた方の魔法鞄に錬金素材、魔道具や証書類と金品を入れておりましたので」


「分かった、ではこの胡椒は私が買い取ろう。実は近々ギルドの報告を兼ねて王都に上がる。その際に心当たりに売りつけてくれよう。どうだ?」


「はっ。そ、それはありがたきお言葉。ですがよろしいのですか? 確実にお手を煩わせるかと」


「構わん。しばらくの間、この都市に錬金術師が定住し、魔道具を売ってくれることに比べたら、大した手間ではないわ。恩に感じてくれるのなら、それ以上の恣意は無い」


「はっ」


 ちょっとこれ……凄い。偉くなればなるほど、人は動かなくなる。特に貴族であれば……貴族で無い者との区別、線引きは当然の様に行う。

 よく考えなくても、今回、グロウス様は「俺の商品を販売員として売ってくれる」と言っているのだ。


 平民から奪い取って、高く売り抜ける。貴族という立場はそれを可能にする。向こうの世界の中世でも、その程度の事は別に当たり前だったそうだし、ここ異世界でもその辺は一緒だ。

 何なら貴族が平民を殺しても、目撃者がいなければ罪に問われる事もなかったらしいし。

 

 にも関わらず。わざわざ平民の持ち込んだ商材を自らが販売人になって「高位の食道楽な貴族」に売り込むと言ったのだ。


 平民の使いとして、貴族が動くと。


 これは……魔道具を作成できる錬金術師の価値を考え直さないといけないのかもしれないな……。


「取りあえず、今、私に渡せるのは?」


 用意してきた香辛料の小袋を並べていく。


「この大粒胡椒が五袋、香菜粉コリアンダーが四袋。山椒が四袋。唐辛子が五袋と大蒜ガーリックが六袋ですかね」


「ほほう。この赤い……唐辛子は辛いヤツだな。食べたことがある。それ以外は……おう……凄いなこれは……嗅いだこともない」


「それは良かった。唐辛子も普通の物とは違い、辛みが十倍、旨味も十倍という新種でございます。一流の料理人であれば様々な料理に化けてくれるかと」


「うむ。取りあえず、まずは……」


 支部長がテーブルの端に置いてあった二つのマッチ箱の様な物を重ねた。

 確か「呼び鈴」の魔道具だ。アレを重ねると対応するもうひとつの魔道具が鈴のような音を鳴らす。有効使用範囲は50メートル以内と限定的だが、建物内での使用人の呼び出しなどに使用されているそうだ。


 丁寧なノックの音。支部長は再度、マッチ箱を横にずらした。


「入りたまえ」


 扉を開けて、ここまで案内してくれた女性事務員が入ってくる。分厚い冊子を支部長に手渡し、そのまま出て行こうとするのを止められた。


「彼女はミレッタだ。私の補佐だが、ここの市場価格に明るい。今日の胡椒の値段は?」


 ああ、彼女、ちょっと雰囲気が森下さんに似てる……のか。あちらは中身が超絶妄想女子で、最近漏れ始めてたから、俺の中でイロイロと変態枠に収まり始めてるけど。


「はい、支部長。10グラムで金貨二枚です」


 即答だ。


 シロ解説によれば、この世界の貨幣価値は


半銅貨:五十円相当

銅貨:百円相当

銀貨:千円相当=十銅貨

金貨:一万円相当=十銀貨

大金貨:十万円相当=十金貨

真金貨:五十万円相当=五大金貨

白金貨:百万円相当=二真金貨

金版:一千万円相当=十白金貨

白金版:一億円相当=十金版


くらいと言われている。


 10グラムで二万円か。


 マジか。


 市場価格……めちゃくちゃ高いな。

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