200:カンパルラ城砦都市+

 目の前にそびえ立っているのは城壁。高さは4メートルくらいだろうか? 石積みの……日本のお城の石垣のようだ。レンガ等のキチンとした直方体で構築されている壁ではない。

 何が言いたいかといえば、見た目が西洋風の城壁都市ではないということだ。


 周辺は鬱蒼としたジャングルで、そのためか、うーん。


 もっとわかりやすくいうと、城壁都市と聞いて、ドイツのノイシュバンシュタイン城的な西洋のお城と城下町を、想像していたが……実際には、世界遺産のカンボジア、アンコールワットを壁で囲んだ感じだからだろうか?


 ここからだと中は余り見えないが、先ほど降りて来た高台から見えた景観からはそう思えた。


 人工物と比較して改めて思うのだが……ここはどういう地域なのだろうか?


 広葉樹林帯にも関わらず、ツタやシダなどの熱帯系低地植物も共生している。


 地球の常識から考えられる動植物の生態とは完全に違っているのだろう。まあ、その可能性が高いか。なんたって魔術に魔物に、神様がいる世界だもんな。


 樹海から離れること約一日。この辺の森の植生は一見、疎開先の屋敷の裏山っぽく見えるほど変化している。


 まあ、細いなりに林道があったからね。迷うことも無く到着できたけど。

 

 樹海で出会う主な魔物はハイオークだったのだが、樹海を外れた途端、オーガやヒポグリフになった。レベルで言えば10以上、レベルダウンしたことになる。あの森、どれだけ脅威なんだか。


 城壁に比べて、それほど大きくない城門に近付いてゆく。木と鉄で出来た門。幅2メートル、高さは3メートルといったところだろうか? 正面向かって右に見張り小屋の様な建物が出張っている。


「何者だ?」


 誰何の声がかかった。うん、良かった。ちゃんと言葉を理解出来るな。問題は話せるか? だ。


「旅の商人です。数日前に盗賊に襲われまして、命からがら逃げて参りました。そのため、ギルド会員証等も奪われてしまいまして……」


 どうだ? ちなみに俺が話しているのは日本語だ。ただ。「通じろ」と思いながら話している。シロはこれでいけると言ってたが……。


「それは災難だったな。では裁きの水晶に触れよ」


 おおー通じた! よし、よし。


「畏まりました」


 見張り小屋の中に通される。赤茶色の板金を貼り付けた革鎧=パッテッドアーマーに身を固めた兵士が三人。全員、髪の毛の色は浅い茶色系だ。奥に初老の隊長? が座っている。髭面が似合うな。左右に若手。右の人、手は腰の剣に掛かっている。若干緊迫している……様だ。


 直径10センチ程度の水晶が窓口の台に乗せられた。罪に反応するんだっけかな? 咎人の場合、赤く点滅するらしい。


 軽く手を乗せる。フッと白い光が発せられた。


「よし、問題なし」


「確認」


「で、何処の商人だ?」


 その場の緊張感が一気にほぐれた。ああ、そうか。水晶で証明する前は、俺が盗賊の一員とかで襲いかかって来る可能性なんかも考えられたわけで。


「遠方の森の出身で、魔道具を取り扱っております。懇意にしていただいている商店は少ないのですが、出自から珍しい魔道具を取り揃えて商っておりました」


「奪われたのは荷馬車か?」


「はい、マールの一頭立ての荷車でございます」


 マールというのは、この世界で馬の代わりに使われている騎乗用の動物だ。馬と牛の中間……身体の大きなロバというか。荷運び様の小型なモノから、戦闘様の大型まで、様々な種類が存在する。


「ただ、積んでいたのはほぼ、認証前の魔道具ばかりでして……私がいなければガラクタ同然なのです。封印もかけてありましたし。商売品を……と思うと悔しくはありますが、50以上の盗賊に囲まれまして」


 そう言って、目線を下げた。兵士達の驚愕が伝わってくる。失ったモノの価値と、襲ってきた盗賊の数に同情してくれている様だ。


「おう、それは逆に運が良かったな。しかし護衛はいたのだろう?」


「はい、魔導人形ゴーレムが護衛代わりだったのですが。ソレを囮に多勢に無勢と早々に逃げましたので……」


「そ、それは……災難だったな」


 魔道具は押し並べて高級品である。人が扱えるようなゴーレムの価値は非常に高いという。それを失ったというのは大損失であると思ったのだろう。


「商人、名は?」


「はい、サノブと申します」


「うむ。盗賊の件、報告はしておこう。今日はもうしばらくすれば日が暮れる。早めに宿を取るがいいぞ」


「ありがとうございます」


 さりげなく、テーブルに銅貨4枚を並べる。こういった賄賂……いや、チップや心付けが非常に重要らしい。特に弱小零細個人事業な行商人には。兵士に1枚ずつ。長に2枚。

 

 俺の行動はモラル的には×でも、正しかった様だ。彼らの顔が緩む。


「カンパルラ城砦都市は旅人を歓迎する」


 兵士の一人がそう声を掛けてきた。お決まりになっているであろうその定型句は、なかなかグッと来た。


(そんなに……臭わないな)


 城壁で囲まれているのだから、どうしても臭いは籠もる。元の世界のこの手の城砦は人口密度と糞便の処理等の問題で常にもの凄い臭いが漂っていた……っていうのを本で読んだことがあって覚悟していたんだけど……。


 門を潜った先はこの都市の外縁地域、いわゆる「外」というヤツらしい。


 門前はそれほど広くない。


 そもそも、この西門は小さく、馬車での通行は不可能になっている。俺の歩いて来た森側の道は整備されておらず、この都市の裏門の様な物だろう。主に魔物や動物の狩猟採取に出る狩人、冒険者に使われているという。


 この世界の城砦都市は、城や教会等の重要施設を「城」と呼び、ここを中心に造られている。


 中央に「城」地域、その外側が貴族や上流階級の暮らす「上」地域。さらにその周辺の一般的な市民の暮らす「中」地域。


 今、俺のいる「外」地域はさらにその外側というわけだ。この「外」はよそ者を迂闊に城砦内に侵入させないための出島的な役割を担っていると同時に、戦争等の緊急時には市街戦の舞台として想定されて作られている。らしい。


 なので「外」は貧民街ではない。というか、所謂貧民街はかなり大きな都市に行かなければ見られない様だ。


「外」は都市外との接点ということになる。社会活動地域とでも言えばいいのだろうか? 宿や各種ギルド、馬小屋、市場もここにあり、市民も日々「外」へ買い物にくる。


 さしずめ、「中」が居住地域、「上」が官僚地域、「城」が支配者地域といった感じだろう。


 見渡す限り、石造りだ。建物は石材で建てられている。これ……足元は……なんだろう? アスファルトでもコンクリートでもないな。うーん。テニスのハードコートの表面材……えっと、なんか超硬いポリウレタンというか、そんな感触だろうか。固くも柔らかくもなく……丁度良い。魔術系の不思議素材かな? 錬金術の知識にも無いな……。


 水はけは良さそうだ。道の両脇に排水溝が作られている。


(臭いだけで無く、ゴミも少ない)


 そう思っている目の端で、ゴミ拾いをする少年を見つけた。


(……某夢の国レベルじゃないか……町が綺麗なせいでゴミをポイ捨てするヤツもそうそういない感じだろうか。どういうモラルなんだ? まあ……でもとりあえずは……)


「すいません、商人ギルドはどちらに?」


「ああ、南門で一番大きい建物がそうだよ」


「ありがとうございます」


 道行く人に話しかければ、ちゃんと教えてくれる。これもある程度の治安が保たれていなければ不可能なはずだ。

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