196:出戻り(赤面

「お帰りなさいませ」


 昨日、ちゃんと挨拶して、異世界に旅立った俺なんだけど、次の日に片矢さんから各種報告を受ける約束をしていたことを忘れていたので、普通にこちらに戻ってきていた。昨日は探索出発の諸々を準備して、よーく寝ちゃったりして。


 ちょっと恥ずかしい。


「御主人様、毎日お帰りになって下さるとうれしいです」


 森下さんは、俺が恥ずかしいと思っていることを理解した上で、こういうことを言う。


 ああ。でもやっぱり松戸さん、森下さんの入れるコーヒーは旨いな。元々料理は不得意だったのに。


「ということで、他のみんなには昨日、しばらく戻らないよって言って出かけたのに、この約束があったの忘れてて、戻ってきたんだよね」


「本来であればしばらくは?」


「うん、戻らない……と思うよ。しばらくはそんなに遠くに行くわけじゃないから、戻ろうと思えば戻れるんだよね。だから、忘れものとかあったら取りに戻るかもだけど」


 片矢さんは……なんか変わった。ちょっと太った……かな? というか、これまで骸骨みたいだったのが、肉が付いた感じ? 太ったじゃなくて、精悍になったってところか。

 これまで常に美香さんを人質に取られてたんだもんな。そりゃ変わるか。


「畏まりました。私は……御主人様に上げる予定だった情報を倉橋様にお送りすれば?」


「そうだね。倉橋さんと三沢さん、そして松戸さんにも共有しておいて。メールとかで」


「はい」


「倉橋さん……に力を貸してあげて。かなりギリギリで頑張ってる感じでしょ?」


「……はい。正直、苦しいと思われます。三沢様の会社……を丸抱えにして、「破気」の弾丸で武装させる心積もりの様です」


「そうだよなぁ……あの医者が裏切ったんなら、三沢さんたちが俺と関係あるのはバレてるわけでさ。即拘束されててもおかしく無いじゃん?」


「その辺は御主人様と同じ様に各種偽装、集団失踪状態からの再雇用な感じで」


「危ないなぁ……」


「はい……」


「ま。とりあえず、任せるよ。緊急時の連絡の仕方は? 聞いた?」


「はい、メイドのお二人に連絡という事で。なるべく無い様に立ち回ります」


「ん」


 部屋に入る直前で、付いてきていた片矢さんに。


「美香ちゃんがいるわけですから、あまり命を賭けた仕事に踏み込まないようにね」


「は。ありがとうございます。御主人様も御病気等お気を付けください」


「うい~」


 部屋に入り、クローゼットへ。そしていつもの様に「大地操作」で扉をくぐる。


「よし。これで本格的に行けるだろ」


「畏まりました」」


「まずは、シロと連絡が取れる範囲……というか、俺が一日で移動出来る範囲を広げよう。これは、魔法鞄にテントとマット、キャンプ用具一式を入れていけば解決だな。食事もだ」


【倉庫】には現状、おにぎりや弁当なんていうかなりのコンビニ惣菜が詰まっている。メジャーコンビニから、弁当屋系、ファーストフード……時間経過が存在しないことを良いことに、届けられた端からぶち込んでおいたのだ。


 今考えれば、レベル30【異界接続】を覚えた、あの直後のタイミングで買いだめ開始していたのは英断だったな。じゃなかったら、料理しないとだったし。


「判りました。現状の御主人様のレベルであれば、周辺の魔物は脅威ではないと判断しました。西に向かう分には魔素が薄くなるのは以前の情報と変わらない様ですから、問題無いかと」


 そうなのか。というか……東は……。


「この迷宮よりも東側は、魔素が濃くなっております。そのため、人間の生息圏に適していないかと」


 そっか。まあ、うん、ならまずは西方面か。北西、南西。まだまだ向かう先は多いもんなぁ。


「向こうの世界との大きな違いは……簡易結界を発動させるのを忘れないようにする……くらいでしょうか?」


 ああ、そっか。その辺はちゃんと身体に染みこませないと。


「よし。なら行ってくるわ」


「お気を付けて。足元が悪いのは変わりませんので」


 異世界の大地に、再度足を踏み出した。


 そう。もう少し樹海が浅かったら……オフロードバイクもガソリンも持ち込んであるんだよなぁ。そこまでテクニックが無いから持ち出さないけど。


 今回もDPが勿体ないけれど、出入り口は一旦消去する。


「とりあえず、現代の情報収集がある程度出来たら、迷宮を作成しようと思ってたんだけどさ。しばらくは今の感じで良いかなと」


「畏まりました。どのような理由で?」


「迷宮を解放するのってさ、冒険者とかを引寄せて、DPを稼ぐのが目的なんだよね?」


「はい、それが全てですね」


「うちの迷宮の場合、俺がDP稼げば良くない? 安全性を考えても誰かを引き込む意味を感じられない」


「……確かに……迷宮とは……という既成事実に縛られていたようです」


「なんか他に理由が発生したら、営業開始するかもだけどね」


「営業。ダンジョン屋さんみたいですね」


迷宮創造主ダンジョンマスターってそんな職業なんじゃないの?」


「そう言われてみれば……そうですね」


 こうして話している間も、既に結構な距離を稼いでいる。慣れてきたのもあって、動きが速くなって……というか、地形に対応したって感じだろうか。


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