173:スッキリ!

 扉を消して……部屋の真ん中にソファとオットマンを置いて、リラックスルーム的な演出をして。なんていうか、集中して考え事をする様な部屋に見える……と思う。


 部屋から出て、連絡も取れるようになってると伝え、コーヒーを入れてもらい、自室に戻る。


 何はなくとも……まずは、休暇を取らなければ。最低でも……一カ月は無いと厳しいんじゃないかと思う。夏休みってことで二カ月あってもいいくらいだ。


 それくらい無いと異世界への「旅行」へは成立しない気がする。


 というか、ラノベなんかの異世界モノは大抵が転生とか転移とか……帰って来れない前提だからなぁ……。正直、一般的な会社員である俺が行くとなるとこれまた、障害が多すぎる。


 それ以前に……「星詠み」の巫である、片矢(姪)の美香さんの安全確保が重要になる……な。


 未だに、陰陽寮がどう動くか良く判っていない。俺が寝ている間にイロイロと話し合いは行われていたと思うんだけどね。なんか、向こうの頭もグダグダっぽいからなぁ。


「私も体調が戻って参りましたので、情報収集に動き出そうかと思っております」


 片矢さんがやってきてそう告げた。こうして突然打ち合わせになることが多いので、俺の部屋には小さい椅子が置いてある。


 彼は……。


「まだ、枷、洗脳……じゃなくて、呪縛……でも無くて、絆が解けてなかったんじゃなかったっけ?」


 色々言い方あって面倒くさいな。正式名称を公式発表すれば良いのに。


「それはそうなのですが……倉橋の御大と、御主人様は私が言葉を語らなくても、何がどうなっているかを理解できるので構わないかと」


「えっとさ、だって、絆が機能している状態だと、また、いつの間にか再洗脳されるなんて不安はないの?」


「前に説明しましたとおり、遠阪に封印があったときは、再度、絆が補填化される可能性がありました。が。アレが無くなって以来、絆は弱まることはあっても、強くなることはないようです」


「つまり、それに関しては自由に動いていても現状維持、又は低下するのみ、と」


 って、アレ? そういえば、俺は、なんか、森下さんの【傀儡師】にかけられた体内の呪縛を消去できたよな……。これも迷宮創造主ダンジョンマスターレベル30の恩恵……なんだろうけど。


 ちなみに思い当たるスキルは……無いな。


「ちと……そのままで」


 倉橋さんの様に手をかざす。ん……ああ、なんていうか、首から脳にかけて、何かが絡まってる……気がする。これ、無理に引き千切ったりするとヤバいヤツだな。


 森下さんの時と同じ様に……ゆっくりと、その絡まっている……毛糸の様な何かに対して、あ。これ、魔力だ。魔力を……消去材のようなモノに浸して、それを丁寧に搦めて、毛糸を消して行く。

 森下さんの時は針金の様な部分や様々な力が絡まっている感じだったが、こちらは毛糸のみ……の様だ。ただし……棘が。鋭い。これが20年前とかはもっともっと大きかった……と想像すると、解除するのは……無理だな。


 既に、十分以上経過している。俺の顔が真面目なのと……多分、汗が滴り始めているのを見て、尋常じゃ無い事が行われていると理解したのだろう。片矢さんは黙って座っている。タダ座っているのも辛いだろうにね。


 っていうかアレ? そういえばさ……さっき……片矢さん……「御主人様」……って言った? 言ったよね? あの時既に、このこんがらがった毛糸について考え始めていたから、つい流しちゃったけど。


 どういうこと? なんで? いつから俺はいろんな人に「御主人様」なんて呼ばれる立場になった? おかしく無い? 望んで偉そうにし始めたわけじゃないのに。というか、どちらかと言えば一人きりで居るのが心地良い派なのに。


 ハイエルフだし! 孤高の種族なのだし(多分)! えーっと、【冷静沈着】【合理的】【非協調】【生殖力小】なのだし! 【生殖力小】……ってでも、性欲は普通にあると思うけどな……。アレか、子どもが出来にくいって感じなのかな。エルフって少子化でヤバいとか読んだことあるな。


 ああ、あああ。そんなことは関係ないや。ってあれ? お! 


「解けた……」


 汗を拭う。思い切り別の事を考えていたのに、それまでよりも集中していたようだ。


「……あ、ああ……ああ……わた、私……は……あぁぁ……ありがとうございます……ありが……」


 そこからは嗚咽。慟哭。身体で理解したのだろう。大の男が……と思いたければ思えば良い。この人は……それだけのモノを背負い、そして戦い、抗い。汚いことにも手を染め。さらに、自分の意志とは裏腹の命令にも従い。ここまで生き残って来たのだ。


 別に、彼に罪が無いとは思わない。


 どうにもならない状況に追い込まれていたとはいえ、そこで最大限の努力をしていたかとうかなんて判らない。


 でも。そこから、これから……逃れたいと想い続けていたのも確実なのだ。弱まっていく絆のせいで、沸き上がる疑問が、自分を苛ましていたことだろう。


「大丈夫。俺も既に……何十人も殺してしまった。自分勝手に他人の命を奪う。それ以上の酷い事なんて、多分無いよ。片矢さんに出来る限り能力者を生かしてくれないか、と言われたとき、なんとなく、ホッとしたんだ。自分の中で線が引けずに右往左往していたからさ」


「はっ……」


 椅子に座っていた片矢さんが、床に正座した。手を頭を床に付ける。


「私……「耳目」の片矢……我が生命、命有る限り、貴方様にお仕えさせていただきたく。切にお願い申し上げます」


 ……。なんで、そうなるん? あれ? この絵、前に見たぞ? そういえば、片矢さんは前にも土下座してた。


「いやいや、アレでしょ? そのうち倉橋さんが解除してくれてたと思うよ? 片矢さんの絆もかなり弱くなってたみたいだし。だから、別に有り難がる必要もないというか」


「それだけではありません。私は貴方様に賭けたいのです。今、私が感じている様な充実感を虐げられ、命令を聞くことしか出来なかった同胞達に味あわせたい。偉そうな事を言うつもりはありませんが」


「ああでも、片矢さんには美香ちゃんがいるじゃない。大事な姪っ子でしょ?」


「はい。それは当然……。私にとって美香は我が子同然。ですが、ですが……生まれた時から逆らうことの出来ない何かに押さえ付けられている生活から救いたい。私には御主人様との出会いがありました。ですが、それが無い者達が……まだまだ多く存在するのです。御主人様は……私の思い……日本という国の「何も知らぬ人々」のために化者カノモノを極力殺さないという約束も守ってくれております。それは、私が本来やりたかったけれど、出来なかったことであり……私の進みたい道でもあります。御主人様とあれば、それが叶う……これほど、これほど……」


 ちぇ……。なんか上手いこと填められている気がするなぁ。


「ズルイよね。なんていうか、片矢さんのやり口はさ。俺がそういうのに対して、根本的に好きじゃないってことを判った上で言ってるもんな」


「そんな……邪な気持ちは……」


「まあねぇ。何か思惑があったらなんとなく感じるだろうしね。うん。まあ、さ。出来る限り、ね」


 俺の手はそんなに大きく無いし……偉そうな事が出来るとも思えない。


「は。何なりとお申し付けください……」


 片矢さんが立ち上がり、頭を下げた。


 え? あの、これさ、俺、メイドに引き続き、執事ゲットってことなの? どういう世界に向かっているの? これ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る