158:問答無用で寝かす

「で。食欲は……どうですか? あります?」


 ……。首が横に振られる。


「既に身体が受け付けなくなってるレベルでしょうか。なら、とりあえず、まずは飲み物から用意しましょう。咽下する……ことはギリギリできる感じ……ですか? ストローでいけます? ゼリー系の飲料は?」


 頷き、頷き、首を横に。つまり、既にゼリーを飲み込む力は無いが、飲料であればどうにかなる。ストローを使って飲み込むことくらいはギリギリできる。と。


「松戸さん、もう、ここでいいよ。彼女にこの部屋を使ってももらおう。症状が極端に重いから三人と一緒は無理だな。こないだ見つけたベッド、設置して。背を伸ばして、こうして座っているだけでもかなりの負担になってるハズだ」


 こないだ、片矢さんのために片付けをした時に、倉庫で組み立て式のパイプベッドを発見していたのだ。これ、誰が使ったんだろう。パ……父さんか? マットは、予備の布団セットと共に残っている。


「三沢さん、医療スタッフをここに連れてくることは出来ますか? とりあえず、準備としては点滴とか極度の衰弱、栄養失調系の対処だけでいいです」


 三沢さんも頷いた。誰も彼女の本当の姿は見えていないが……俺がかなり強めに発言していることで、緊急自体であることを感じてくれたようだ。


「村野……様?」


 さっきまで安堵の表情をしていた片矢さんの顔色が、一転して動揺に変わっている。


「ああ、片矢さんも大概体調はまだ戻っていないし、今回の強襲作戦で思っていたよりも疲労感が酷いですよね? はい、休む、休む」


「み、美香……は?」


「絶対とは言わないですが、何とかしてみせますよ。美香さん、貴方の未来予測、的中率は?」


「不確定要素は大体、二割と……あ。ですが、自分の事に関しては確定確率が一割以下だったハズ……です」


 自分の事は一割しか当たらないと。なら平気だな。彼女の未来は変えられる。


「なら良かった。十割確定ですなんて凄腕の未来視だったらどうしようかと思った」


 くすっ……と微笑んだ。うん。表情はまだ動く。というか、さっさと用意しよう。


「医療班……今から向かわせることも可能ですが、どうしましょうか」


「お願いします。とりあえずはさっきの症状への対処機材だけで問題無いです」


 かなり無理をしてくれただろう三沢さんに頭を下げた。


「ということで、美香さんと片矢さんは数日単位で横になって休みます。あと……美香さんのお付きの人達もしっかり休んでください。貴方達も美香さんほどではないですが、かなり弱っている状態です。現時点ではまだ、気合でどうにかなってる感じですが」


 まあ、ご多分に漏れず、美香さんと片矢さんの後ろに立っている三人(椅子を勧めたのだが座らなかった)も、即入院クラスだと思う。どういう環境だったんだか……。ただ……心配なのは……。


「ああ、この三人なら大丈夫です。私と同じレベルで絆が薄まっています。多分、叔父様よりも軽くなっているかと」


 お。そうなのか。というか、美香さんは未来視だけでなく、倉橋家の力も併せ持ってる感じなんだろうか。俺が言葉を発する前に正解を答えてくる感じがスゲー似てる。というか、倉橋さんが短時間の未来視なのかもしれない。「先読み」だったっけかな?


「では。松戸さんは部屋の準備、森下さんは彼女達を案内して寝かせて。片矢さんはおやすみなさい。三沢さんと鏑木さんはダイニングに移動してもらっていいです? 医療スタッフが来たら美香さんと片矢さんを診てもらって、帰るのはそれからで」


「ええ。問題ありません。」


「ああ、そうか。帰り……ヤバくないですか?」


「鏑木がいますし……私達……単体ならもそう簡単にはやられませんよ」


「移動中、注意してくださいね。安全な結界は会社だけですから」


 三沢さんと鏑木さんが頷いた。ダイニングに移動する。ちなみに簡易結界は、場所固定でしか使用出来ない。俺が一緒に車に乗れば【結界】「正式」でどうにでもなるんだけど……。


 ということで、まずは。


 美香さんを呪文「癒水」に耐えられる所まで体力を回復させる。


 気力を失っているのが常態化している現状いまの体調では、いきなり強めのお薬=「癒水」とか使ったら、確実に副作用で悪い方向へ転がっていく可能性が高い。


 なので、刺激の弱い、もの凄い薄い……グリーンスムージーを作成する。


「回復水」に「ホルベ草」を少々。これだけだと若干苦い。さらに「モモ(のようなの)」で口当たり良い、ほんのりな甘さを加える。


 自分でも飲んでみるが……まあ、正直、うっすいスポーツ飲料的な感じ? でも、アレよりも確実に効果はあるハズだ。


 応接間にはベッドが設置され、美香さんが横たわっている。松戸さんにグラスを渡す。ん? 彼女の手元に水差し……が用意されていた。いつの間に? まあ、結構好き勝手にネット通販を使ってるみたいだしな。


 目配せで、飲ませて……とお願いする。


 丁寧な手つきで、美香さんの口元に水差しを傾けた。ガーゼ……みたいな布を片手に……っていや、それもどこから……本物……病院、看護師さんみたいなんだけど……うん。そんなのどうでもいいか。


 もの凄く、反応は鈍かったが、美香さんの喉が動いた。いざとなったら点滴に「回復水」を混ぜるしかないか……と思っていたので、一安心といった所だろうか? 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る