151:気に入らない

「ふふふ……すまない。ふざけすぎたね。正式に謝罪するよ……「耳目」……片矢さんだったか。申し訳ない」


 倉橋さんが頭を下げた。ああ、謝られた片矢さんと鏑木さんがもの凄い動揺……というか、アワアワしている。偉い人だからね。この人。王様や大統領なんていう国の首領が、簡単に謝らない、頭を下げないのと一緒だよな。多分。


「そもそも、この屋敷……いや、結界が安定しすぎているのがいけないのだよ……ここは……子どもの頃に感じていた全能感というか、守られているという安心感がとんでもない。つい、ハメを外すというか、調子に乗ってしまいがちになる」


 なんと。そんな理由が。倉橋さんの目を見るに……マジか。マジだな。そういえば……メイドの二人がちょっと、調子に乗ってる気がしてたんだよな。二人を見る。


「そういえば、二人は、最近、俺の事を見て、やれやれって顔をする事が多い」


「御主人様のやらかしが、私達の予想、想像を遥かに超えすぎているので致し方無いかと思うのですが」


 ……松戸さんめ。三沢さんも頷かないように。


「そうだねぇ。片矢さん……安心したまえ。この村野くんが、わざわざ、君の姪を消しに行くわけが無いだろう? 君が彼に「未来」を託そうとしたのは、彼がそれを受け容れてくれる可能性があると「思った」からだろう? ならば、それを信じて貫きたまえよ」


 それにしても倉橋さんには全部バレてるなぁ……先読みして全てにおいて手を尽くす。有能優秀、ちょっと生き難いだろうな。こういう人って。


「そんな事は無いんだよ。村野くん。この力によって、初めて、私は、今現在ここに居ることが出来ている。私のこの能力が無かったら、いくら「耳目」を捕らえたと聞いたからって、たった一人でここに来れるはずが無いし、そもそも、村野くんたちと接点が出来ていたかも怪しい。というか……遙か昔に殺されていただろうな」


 よく見ていれば、この人、喋る際の手の動きがスゴイな。これが舞台役者の表現手法なんだろうか。自分の語りを補完する演出の様なモノなのかな。


 片矢さんの目が、俺を見る目が変化した。


「ああ、そうだ。その通りだよ、片矢さん。君が今思っていることを村野くんはやろうとしている。正直、私の様な小物には予想も出来なかった……面白いだろう? 無茶だろう?」


 三沢さんも俺が何をしようとしているのかハッキリした様だ。諦めたかの様に、溜息をつく。


「村野くんが何故……そう思ったのかは……私には本当に良く判らないが……彼は、陰陽寮の中でも特に厳重に警護……いや、拉致監禁されている囚われの姫を助け出す気でいるのさ」


「何の……ために……」


 片矢さんが俺の顔を見上げながら、そう問いかけて来た。そう言うだけでも若干引っかかるのか辛そうだ。酷い縛りだな……。


「ぶっちゃけ、大した理由なんて無いよ。残念な事に片矢さんにそこまで思い入れがあるわけでもないし」


 でも。


 気に入らない。


 俺に自分の命が尽きる事を前提で、自分の思いを託そうとしてきた男が……人質を取られている。多分、己の命よりもその姪の事の方が大切なのだ。この人が未来を守りたかったのは、日本。そしてそこで生きる姪のためだ。


 そう考えると、彼ら能力者が、未だ人として扱われていない現実に腹が立つ。


 無性に腹が立つ。


 それだけだ。それだけの理由だ。


 それほど知らない、しかもちょい前まで本気で命のやり取りをしていた敵に、感情移入したから、ではない。


 別に倉橋さんの深読みに相応しい理由をでっち上げることも可能だけど……俺が俺の為にお姫様を救い出すのだ。


「大丈夫、片矢さん。能力者は「殺さない」よ。約束したからね」


「そういう……ことでは……なく……」


「そうです、村野さん、さすがに無理というか、そんな無茶な」


「人質を取るような輩に対抗するのであれば、とにかく初動は素早い方がいいと思うんだよね。それこそ、三人娘の時もそう考えて動いた結果だし。優先すべきは大切な者の身柄だ。結果……何か不具合が生じても、対象者が無事ならどうでもいいと思わない?」


 はっ……気がついたかのような顔をする、片矢さん。三沢さんも鏑木さんも考えこむように視線を下げる。

 いやだから、メイドの二人はそこで大きく頷かない様に。恥ずかしい。


「ということで、片矢さんは寝てても……」


「私が行けば、少なくとも星読みが今朝まで居た場所に間違い無く辿り着けます」


 まあ、そうなるよね。うーん。結構どころかかなりやばい状態だったと思うんだけどなぁ。血の喪失量とか。ってこの決意は無理か。

 

「うん、まあ、急ぎで奪還するためと考えれば必要かもね」


「私達も……お供致します」


 メイドズ。うーん。お留守番しようよ。というか、主に家向きのことを専門の仕事にして欲しいよ。本当に。


「三沢さんは……鏑木さんも一緒に万が一に備えて、イロイロと手配をお願い出来る?」


「は……私も行きたいところですが……まあ、仕方有りませんね。対象は、三人娘と……念のため、森下社長とその家族でしょうか」


「んーそうだね。師匠のところは簡易結界も設置したばかりだし……戦力という意味では気力を使いこなしている師範代も多いから大丈夫か。で……」


「ああ、当然、大人しく帰るとも。私の中の衝動がどれだけ急かしても、そちらを選ぶに少々経験をしすぎた。私が側にいたら、それこそ、範囲が広がってしまって、大事になってしまう……。そこまで我が儘でも傲慢でもないよ」

 

 うん。貴方まで行くとか言うと大変なことになるからね。


 さてさて。それじゃ、さっさとお姫様を奪ってきましょうか。


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