144:懇願

 ……と、思っていたらあっという間に、三沢さんと鏑木さんがやって来た。はやっ。

 

「そりゃ……「耳目」の片矢が寝返ったなんて聞いたら駆けつけますって……」


 ああ、そういう認識か……うーん。身体良くなりつつあるから、後で出てってくれてもいいんだけど。


「既に……倉橋さんに連絡を入れました。すぐに来てくれるそうです。それくらいスゴイコトなんですよ?」


「いやいや、俺はほとんど何もしてないですよ……血だらけの片矢さんを保護しただけで。いくら、オッサンでも血塗れで倒れてたら助けないわけにはいかないでしょう?」


「そりゃそうですが……」


「それこそ、元々支配は弱まってたみたいよ? 片矢さんの。でも、彼は彼なりの信念で、来るべき「異形」との戦いを考慮して陰陽寮で働いてたみたいだし」


「え、そうなのですか? 「耳目」が……」


 鏑木さんもビックリだ。


「というか、片矢……さん……ですか。さん付け。「耳目」を。異和感がスゴイ……」


 という話を本人を目の前にしてしているわけだけど。


 片矢さんもなんていうか、忝いといった感じで、苦笑い中だ。

 隠蔽だか、俺の【隠形】と似たような能力は一切使って無いので、やっとというか、初めて彼がハッキリと見えている。

 正直、片矢さんの外見は、鏑木さんに似ている。何、偵察とか斥候とかそういう役職の人って似通るんだろうか? 

 顔はね。全く違うんですよ。鏑木さんは海外系の顔だ。痩せたジャンレノ似……ってか、丸眼鏡がそれを主張してる感じ。対して片矢さんは目は細めで眼鏡もかけてない日本人顔だ。かなり違う。ガリガリ系っていってもおかしく無いくらい、ひょろっとした顔付き、体形かな。


 が。


 纏っている雰囲気、さらに気力の質が非常に近い、似ているのだ。ああこれがこの手の仕事をする人特有の気力ってことなのかな。


 片矢さんは外見だけでいえば……まあ、エリートサラリーマン……だな。


 現在は非常に恐縮している感じで小さくなっている。


「まあ尋問しようにも、呪縛のせいで答えられないですからね」


「うん。さっき色々聞いたんだけど、ストレス溜まってしょうがなかった」


「申し訳ありません」


 と。思っていたら。車の気配と知人の気配が到着を告げた。もう既にうちのメイドさんがお出迎えしているハズだ。


 あの二人の感知能力はなかなか優秀だからね。近距離であれば、今の俺(魔術士の俺)よりも正確性が高いんじゃないかな。


「「耳目」を捕らえたって?」


 いつもの様に、まるで ♪付きで、舞台上かのようなテンポとアクションで部屋に入ってきた倉橋さん。


 気まずい感じで、無言で頭を下げる片矢さん。しばらく頭が上がらない。


 ああ、そうか……なんていうか……倉橋さんの所とは宿敵に近い感じか。陰陽寮と、反陰陽寮の熾烈な戦いは現時点でも継続中だ。斥候という前線業務とはいえ、それなりに上位だったみたいだからなぁ。怨み辛みも貯まってる事だろう。


「だから、捕らえたというよりも、倒れていたのを助けただけです。今後のコトに関してじっくり話をしようと思ったんですけど、正直、呪縛のせいですげーストレスが貯まるんですよ。なので、まずは解除してもらおうかな……と」


「ああ、話は分かった。私も何度も、元陰陽寮所属の能力者と話をしてきたからね。何よりも……「耳目」がこちら側に寝返らないまでも、敵で無くなるだけで非常にありがたい。早速やろうか」


 ああ、そりゃそうか。この呪縛から抜け出す為の儀式は、倉橋さんの力で既存の呪縛を上書きすることになる。そうすると、倉橋さん、いや、倉橋家に敵対行動は取れなくなるらしい。


「……ん。確かに本人に受け容れる気はあるみたいだが……。まだ、無理だね……これは。こないだ説明した、軟禁して様々な情報に触れてもらって、心を柔らかくしてから再度って感じかな」


「そうすれば、上書きが可能になる?」


「ああ。まあ、「耳目」の片矢だったか。彼は階級的にも上位の能力者だ。現場の最高責任者という認識で合っていると思う。その分、呪縛も強いものになっている。役職っていうのは強力な縛りだ。それこそ、社会的なステータスっていうのはそこに居場所を得るという意味で大きいだろう?」


 歌うように。そう、ミュージカルで歌を唄う前のセリフの様に、流れるように言葉が耳に届く。


「だが、それにしても……だな。何か心残りが……あるな? ああ、いい。言おうとしなくていい。抗うのは苦しいものだ。こちらで勝手に予測するよ。これでも多くのケースに対応してきたのだからね」


 おお。さすが。宝塚イケメン。というか、カッコイイ。普通の男子よりも遙かにカッコイイ。しかも外見は若いしな。


「申し訳ありません。ご配慮ありがとうございます。倉橋の「懇願」……本来なら数日前から身を清め、入念な準備を行ってからでないと行使者に大きな負担がかかる大儀式だと聞いております……」


 片矢さんが礼をする。その辺の事情は例え敵でもちゃんと理解してるんだな。というか、いきなりだったけど、大丈夫なの?


「ああ、まあ、でも、私は歴代の中でも規格外だからね。この家や村野くんを視てると、それもかなり薄まってくるんだ」


 そんなことはない。ないと思う。いや、そこでメイドズは大きく頷かないように。


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