139:片矢さん

 そういえば……「正式」で囲んでその中に風刃を幾つも放つのを……つい、勢い上、「微塵」と名付けたのを思い出した……。


 幾ら怒りで我を忘れていたから……言い訳だけど。まあ、激しい自分の厨二的行為に身もだえしてしまう……が。


 その後に創ったというか、合成した同じ様な術にもちゃんと名前を付けておかなければ、再使用する際に、最初からモノを考えなければいけなくなる。


 魔術士ではなく、拳闘士だったのでその辺思い至らなかったのだが、職を戻した結果、術に名前が合った方が確実に発動までの時間が早くなると「理解」させて来たのだ。何かが。


 えーっとまずは。ダンボールを燃やした際に使った、「微塵」の炎バージョン。

「正式」で囲んだ立方体の中に火炎をぶち込むヤツ。よし。「天火てんぴ」でいいか。オーブンの和訳。囲んで密閉して火で燃やすワケだし。


 で。次に……その「天火」の大きいヤツ……牧野興産ビル上層を消し去った術の名前……か。


 うーん。


 ビル消しちゃったからな……「消却炉」でいいかな。読み方が焼却炉と一緒だし。


 よし。まあ、そんなもんだな。うん。恥ずかしくない、恥ずかしくない。そう思い込まないと口に出来ないからね。


「今回こちらから仕掛けたことで……何らかの反応が起こるハズです。現在、ヤモリが全力で探ってますので、少々お待ちを」


 三沢さんは昨日、そう言って帰って行った。


 まあ、昨日の俺が仕掛けたヤツラのメインは多分、陰陽寮だ。

 襲撃者の感触がなんとなく以前に襲撃を受けた感じに似ていた。これは間違い無い。

 アレだけ念押ししたのに、偵察だけで無く襲撃態勢で囲んでくるなんて、学習能力の低いこと。


 だが。……三割くらいは違う組織、さらに幾つかに分かれていたと思う。


 悪意の質が……微妙に違うのだ。同じ青系の色でも、紺と紫では完全に違う様に。


「ん?」


 次の日も念のためではないが、自宅勤務の連絡をして、家から出ないでいた。もの凄く単純なヤツがいて、即日仕返しとか考える可能性もあったからだ。


 喧嘩や襲撃などの暴力で事を進める場合、思いのほか頭の悪いやり方で攻めてくる可能性も残っている。


 そこに……覚え? のある反応が……でも、なんか、微妙に悪意が薄まってるし、そもそも弱まってない? これ。正直、拳闘士で無くなっているので、細かい補完が聞かない感じなのは否めない。

 こういう時、イチイチ副職を変更しにダンジョンに向かった方がいいのかな?


 うーん。いいや。とりあえず……。


 反応がでた、コインパーキングに移動する。ここは入口から奥の方が死角になっていて、入ってこないと見えなくなっている。


「……偽装……じゃないみたいだね」


「ぐ、く……」


 そこには……「耳目」の……えっと。なんだっけか。まあ、とにかく陰陽寮の偵察班隊長というか、一番腕の立つヤツが血塗れで倒れていた。


「というか、囮? 餌にされちゃった?」


「さ、さすがにそれはプライドがゆる、さ、ない。ここに着くまでは完璧に気配を消して移動して、きた」


「ふーん。で?」


「みう、身内の恥ですまないが上が幾つか、に分か、分かれてしまっ、った。わた、私は必死で止めたのだ。え、得体の知れないバ、バケモノとはた、戦うべき、では、な、ない……と。さ、さいわい、はな、話は、通じるの、だか、らと……」


 失礼な。得体も知れてるし、バケモノでもないのに。


 うーん、というか、命の灯火的に、ヤバイ気がするんだけど。


「判った。つまり、お前は俺と戦わない選択を進言したのだが、それを受け容れない上司が、俺を消そうと動き始めたってことだな? で、お前にも追っ手がかかった……と」


「あ、ああ、そ、そう……た、たのむ、で、できれ、ば、化者カノモノ……の、のうりょ、くしゃをころさ、ない、ないでく、くれな……い……」


 そう言うと、「耳目」の……片矢か。そうだ。名前思い出した。片矢は意識を失った。ちゅーか、これ、血を失い過ぎだろ……。


 隠蔽の切れた片矢……さんは、ズタボロだが、黒い戦闘服に身を包んでいる。特殊な仕様ではないので、ギリギリ一般人にも見えなくもない。が。オッサンだ。傷だらけのオッサン。どう見ても怪しい。


 確かに、周囲に待ち伏せや、見張っている様な痕跡、人員は感じられないので、ボロボロの片矢を担ぎ上げると、自宅に持ち帰った。

 うーん。ついこないだまで絶賛命のやり取りをしてたし、現時点でも敵のままの相手を家に上げるのはなんか違う。……と思ったので、ガレージで下に下ろす。シャッターは降りてるので外からは見えない。平気。


 ああ、そうか。そういえば。圧倒的に検証不足だったから使って無かったけど……俺、癒し系の魔術使えるじゃん。


「癒水」。【魔術弐】で手に入れた水属性の術だ。斬り刻まれている片矢さんが、治っている所を想像しながら、術を発動させる。


「おおー」


 驚愕の声が音として口から溢れてしまった。


 というか、「癒水」って名前に水が付いているから、なんか、ポーションとかそっちを想像しちゃってたけど、これ……普通に「ケ〇ル」じゃん! 「ホ〇ミ」じゃん。ポワっていう柔らかな光と共に、傷が癒やされていく。逆回転で抉れていた傷口がの肉が徐々に盛りあがり、何も無かったかの様に肌が形成される。なんだこれ、マジデ魔法じゃん! 驚愕じゃん! ……火とか風とか出したり消したりしてて、今さらって気もするけど。


「御主人様、何が……」


 メイド二人も駆けつけて来た。って、まあ、陰陽寮の能力者が倒れているを見て、目を見開いた。


 目の前に倒れていた血だらけのオッサンは、血だらけで斬り刻まれ気味の戦闘服を身に付けた肌が若干露出しているオッサンに変化していた。


「これは……陰陽寮の……」


「「耳目」の片矢だっけかな? って言ってたよ、鏑木さんは」


「あ、はい、私達も……ハッキリとでは無いですが、敵対し、やり合ったことがあります」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る