135:人気者

 とりあえず、共闘ということになった結果に満足したのか、颯爽……という言葉、そのままな感じで倉橋さんは帰って行った。


 アレ? そういえば……。


「彼女の下の名前……聞いてないね」


「そういえば。鏑木、知ってるか?」


「いえ……御大としか。まあ、倉橋といえば、あの方ですし。お名前などあっても呼ぶことは敵いませんので。そもそも、自分の家は、違う家、例の件で消滅した、唐貼家の分家のさらにその下にいましたから……」


「そういうものか……」


 名で呼ばれる事の無い人生。それはそれで何となく悲しい気がするんだけど。家を背負っちゃってるんだろうなぁ。責任重そうだなぁ。


 あ。こういうことになったのであれば。


「簡易結界……若島さんの家にも設置しておいた方がいいのかな?」


「そう……かもしれませんね。ですが、早急にということは無いでしょう。何しろ能力者が数人で守っているようですから」


「というか、能力者ってそんなに数がいないの?」


「はい……現在本当に少なくなってきています。うちの、ヤモリの能力者は私を入れて4人ですし、それでも多い方です。それこそ、倉橋家は二十人程度は確保出来ていると思いますが、その他の勢力なんて……〇〇家といいつつ、能力者は当主一人なんて場合も多いですし」


「そうか……だから、牧野興産は、牧野一人でどうにかしてた感じなのか。幾ら攻め込まれたとはいえ、なんで大ボスが矢面じゃ無いけど、即直接戦闘に踏み切ったのか判らなかったんだけど。納得した」


「というか、偉かろうか何だろうが、能力者は戦うものです」


 そんな人手不足の折、火器使用するようになったと……。


「陰陽寮ともあろう者が……情けないことです」


「情けないんだ」


「我々は自らの能力で戦う事しか、存在理由がありませんでしたからね……。その名残でしょうか。そういう思考になってしまうのです」


 鏑木さん、今では普通にしているけれど……それこそ、子どもの頃にはイロイロと理不尽なことがあったっぽいしな。


「よし、とりあえず、確認しておいてもらえますか? 簡易結界の件」


「畏まりました」


 と、三沢さんと鏑木さんにお願いして、帰路に着いた。


 ああ。かなり遠巻きに……何となくだけど、俺を伺っているヤツラが……いるな。陰陽寮の「耳目」やその手下とはまた違った……悪意を感じる。


 勢力入り乱れて良く判らない感じになっているとのことだったけど、業界に詳しい三沢さんや、あっちの世界に詳しい倉橋さんですら「ワケが判らない」状態なんだから、どうしょうもないか。


 っていうか……なんかおかしい……というか、変な覚悟を決めてるというか……。


【隠形】は既に起動しっぱなしだ。最近、念のために移動中は常に使っている。

 さすがに戦闘用の衣装で若島さん達に会うのはおかしかったので、コートの下は普通にシャツとパンツだが「黒赤布のコート」も装備している。


 普通に戦闘は可能だ。


 だけど、なんとなく、なんとなくだけど、このまま電車で帰ろうとしたら、同じ車両に乗り合わせた「知らない人達」を人質にして脅してきたり、それこそ、電車内で爆発物を使用したりやって来そう……な予感がしたので、【隠形】全開、さらに風避けの「正式」を身体に纏い走り始めた。


 取り残される悪意。そして、追いついてこない。早々に町の駆け抜けて、自宅にたどり着く。


 正直、電車移動、車移動……全ての移動手段よりも俺の足の方が早い。通行人の気配や、人の流れ、車の流れを感じながら走っているので、常時高速で走っているわけじゃないのだけれど、瞬間的には多分、時速百キロを超える。

 なぜわかるかと言えば。さりげなく高速で車と併走してみたからだ。あそこなら確実に時速80キロは出てる。


 高速追い越し車線の端っこを車よりも速く走る。なかなかの爽快感がたまらない。でもたまにガードレールと車両に挟まれてギリギリの隙間を抜けないといけなくなるので、若干面倒くさいので、もうやらないけど。


 メイド二人に帰宅を知らせて、そのままダンジョンの自室に入った。時間経過が無い以上、こちら側の方が落ち着いて考えられる。

 

 さっきの帰り道。あの感覚は多分、間違っていないと思う。なんとなくだけど、切羽詰まった感というか、周囲を巻き込むのに何の戸惑いも感じないというか。


 過去に俺が知っている中で一番近いのが、戦争中の敵兵の感じというか。

 別に最初から巻き込もうと思っているわけじゃない。ただ結果として巻き込むことも躊躇しないだけだ。


 多分、24時間体勢で、三沢さんの所は見張られているのだろう。そこからのこのこと出てきたのがマズいのか。


 っていうか、うちも当然見張られてるよなぁ。外出するときは気配を消しているので、気付かれていないだけで、能力者が配置されれば、いくら隠蔽してもバレる可能性があるわけだし。


 人気者か。


 三沢さん達の方が動きづらい……よな。逆に俺一人のフットワークの軽さはおかしいくらい軽快だからなぁ。


 動きますか。


 ダンジョンから戻る。自宅周辺、かなり広範囲で気配を探ると、案の定徐々に家の周りに悪意が集合しつつあった。


 うーん。こいつら、とりあえず、連絡も取れずに行方知らずにしちゃうのが一番、今後に響かなくてベストなんだけど……いやでもなぁ。

 なんとなく牧野興産のチンピラ達と同じくらいの悪さ……な気がする……ってだけで殺しちゃうのもなぁ。さすがにそれは人間辞めてる倫理感だよなぁ。


 半殺し……でいいか。足かな。狙うのは。

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