132:異形

「で。倉橋さん、本題を。お願いします」


 それまでの笑顔が豹変した。うん。そういう意味でプロだよね。若島さんも頷く。


「謝罪も本題だったのですが……まあ今回こうして会って、一番話したかったのは……今後の事です」


 目線に力が入る。そして周囲の空気全体が引き締まる。あれ、これがカリスマ性とかそういうヤツかな。


「我々は村野さんが、牧野をやった……という事を確信しています。ですが、どうやったかまでは判らない。当然我々の宿敵……「海の底より来る敵」……まあ、我々は「異形」と呼びますが。とも違う。今後どうしてゆきたいのかも判らない。ですが傍観していることも出来ない。なぜなら、万が一村野さんが倒れれば、次の本格的な標的は我々だからです」


「「異形」って単語を初めて聴きました」


 また新単語。というか、業界用語多いよ……。


「ああ、申し訳ありません。直接戦闘を行う……所謂、本家に所属する者たちの呼び方ですね。その手の使う単語、隠語が多く存在します……我々はその辺を広めようと思って普段使いしています。優越感を得るためではないことを了承ください」


「やはり……村野さんは……我々の世界の事をご存じない様ですな」


「だろう? 若島。そもそも我々とは異質な感触だと言ったろ?」


 若島氏が頷く。実際、こないだ説明してもらってやっとだしね。


「二十年前の件で多くの家が滅び、能力者が死にました。それと同時に、古来からの仕来りや契約、さらに縛りの根幹が崩壊したようです。強力な縛りによって命令には絶対服従するしかなかった能力者たちは、その箍が徐々に緩んでいることに気が付きます。それこそ、力ある者は数日で自由を得ました。私も……いえ、倉橋の家の者の多くが早めに縛りをはね除けられる様になり。正直、我達は次第に縛りは消え失せる……と思っていたのです」


「ですが、あれから二十年。未だに抜け出せない者達が多く存在しましてな。それこそ、壊滅しなかった各家の当主やその側近クラスの能力者でも、縛りから逃れられていない者が多いのです」


「この縛りからの脱却は力の強い者から抜け出した……と考えられていたのですが、実は、抜け出しやすい適性というのが存在していて、「それ」の高かった者が抜け出せただけだったようです」


「能力……力の大きな者は大抵が能力適性も高く「縛りから脱却」する力も強かったということですな」


 若島さんも……微弱ながら能力者だ。ならば昔は縛られていただろうけど……現在は支配されているとは思えない。つまり、能力者として微妙でも、適性さえあれば縛りから抜け出せるという事だろう。


「その結果が現状……ですか」


 彼らの世界についてはともかく、三沢さんは日本の裏社会のプロだ。イロイロと知っている事も多いんだろう。


「以前、村野様に少々説明しましたが、ここ数年、各国の裏社会勢力の日本進出が目立ちます。その最大の理由はこないだ説明した通り、強固な壁が崩れた事に「気付いた」結果です。力関係は複雑に入り乱れ、大きなまとまりの無いまま、本格的な命の取り合いになりつつあります」


「ええ。三沢さんの言う通り。さらにここ最近、陰陽寮に属する能力者が、高性能な手榴弾や拳銃……携行出来る火器を使用し始めています」


「ああ、知ってます。一度やられました。うちの鏑木が少々傷を」


 倉橋さんが頷く。


「以前から刃物は当然として、投げナイフや撒き菱等の暗器は使用していましたが、音や光等で人目に付きやすい武器の使用は極力避ける方向にありました。つまり、そういう経路が築かれつつあるということです」


 表向き、陰陽寮は宮内庁の一部署だ。さすがに闇社会の組織と手を結ぶとは思えない。つまり、その手の公的な機関……警察や自衛隊等と繋がりつつあると。


「多分、自衛隊……防衛庁でしょうな。元々国防という観点から同属性ですし、本来の「異形」「呪」による襲撃があれば、現状だと総領六家では対処しきれない事は明白。公的に矢面に立つのは自衛隊になるでしょうから」


 ああそうか。


「現状……もしもその「異形」でしたっけ? それに襲撃された場合、どうなります?」


「対応出来る能力者の数か少なすぎます。最大戦力の総領六家、我々。それ以外の「縛りから外れた能力者」は静観か……一般人と同じ様に、身内が傷付いたりしない限り行動はしないかと」


「最終的に警察、自衛隊が順次対応するしかないでしょうな……」


「倉橋さん達は戦うのですか?」


「ええ。うちの者達は我が家に所属する際にその辺を確認しています。その時点で契約が成立し、若干ですが能力が向上するので」


「それは呪ば……いえ、縛り……とどう違うのですか」


「本来の縛りは生まれた時から発生し、能力者側からの解除は不可能です。しかし我が家……いえ、蔵品家はそれを緩和させることに成功していたのです。ですから、他家の能力者の多くを救うことが出来ましたし、多くの能力者が自らの意志で家に所属してくれました」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る