130:御礼

 次の日。午前10時のアポイントなので早めに三沢さんの会社に向かう。


 色々と考えたけれど、正解だろうという予想に結びつかなかった。若島さんのお祖父さんがその辺は話してくれるだろう。


 約束の時間に合わせて、到着する高級車。


 若島重太郎氏が秘書付きで現れた。重太郎氏は既に還暦過ぎだそうだが、非常に若く見える。少なくとも祖父……には見えない。外見年齢は40代といった処だろうか? 紺のスーツに口ひげが似合っている。温和そうな気がするのは常に笑顔なせいだろうか?


 そして、その脇に立つ秘書さん。年齢は二十代後半の女性……女性だよな? に見えるが……実際はもっと上かもしれない。というか、強力な認識阻害を発生させている。


 これだけ強力だと目の前で顔を合わせても誰だか判別できないんじゃ無いだろうか?

 怪しいというか、うーん。まあ、そうだろうな。昨日の強烈な気力の持ち主はこの人だろう。


 昨日も今日も非常に浅いというか、気配が薄いのだが、逆に強力な気力があるにも関わらず、それを抑圧して、さらに朧にしている所がかなりの使い手な証拠だ。


 仕事が非常に丁寧で、スムーズに行われている感じ……というか。熟練の職人というか。


「御足労、ありがとうございます。若島様」


「いやいや、こちらこそ急に会いたいなどと申し訳ない。で。そちらが……」


「はい、堂東商事の村野と申します」


 向こうから名刺を渡されたので、こちらも名乗り、慌てて出した名刺を渡す。


 って。


 渡された名刺にあった肩書きは……総合グループ顧問の文字。


 総合? 


 日本を代表する旧財閥……の、か? え? マジデ? 


 聞いてないよ……。


 ってそういえば、三沢さん、師匠にもイロイロ言ってなかったしな……。迂闊に口を滑らさない主義が、その辺に影響を与えてるのかな?


 いつもの応接セットに座る若島氏。その脇に謎の秘書さん。うん、異和感。というか、この若島氏……微弱ではあるけれど、気力を使いこなしてる……よね。戦える……な。多分。身のこなしが、かなり修行してきた感じがする。


「さて。どこからお話しましょうかね」


 若島氏の低い声が心地良い。いい声だ。


「とりあえず、最初に。種明かしを。得体の知れない方の前で各種情報を公開するわけにはいきませんので」


 秘書さんを見ながら言う。少々威圧じゃないけれど、そんな気持ちで力を入れる。


 三沢さんは未だ気付いていないようだったから、俺が声に出す。これで、多分、呪縛から解き放たれる……ハズだ。


「……私の秘書の丸山……が何か?」


「重太郎……無理だ。バレているよ。座ってもよろしいかな?」


「え、ええ、どうぞ」


 三沢さんも異和感に気付いた様で慌てて席を勧める。


 そして……スキル、又は力を解除した。


「初めて……ではないな。三沢さんとは以前、打ち合わせの際に立ち会っていたからね。まあでも、顔をさらして会うのは初めてという事で……倉橋叶クラハシカナエです。よろしく」


 おお。認識阻害の下から現れたのは宝塚バリの男装の美女だった。男役? ってヤツかな? 身長は俺と同じくらい、180センチ弱か。足は確実に長い。負けた。男役系の顔付き、短髪って事くらいしか顔付きを表現できる語彙が無いな……。年齢は……三十代前半といった所だろうか?

 まあ、ドラマやCMで活躍中の元宝塚男役トップ女優に雰囲気が似てる気がする。


「……そ、それで……倉橋……さんはあの……アレ? 倉橋?」


 そう。さすが三沢さん。確かに倉橋という姓、家名には聞き覚えがある。鏑木さんが語った総領十二家の詳細情報だ。メモを見れば即解決。取っておいてよかった。


「倉橋、というと、元総領十二家の?」


「おお。さすがですね。とはいえ、屋守でしたか。元唐貼家分家の生き残りがこちらで厄介になっているのでしたね。それくらいは当然ですか」


 カッコいいな。イチイチ絵になるというか。女子校で「御姉様」として君臨しちゃうんだろうなぁ。生徒会長も似合うな。これ。


「確か、現在は総領六家と唯一敵対している……でしたっけ?」


「ああ、その通り。そこまで判っているのなら話が早い。まずは礼をせねばならないのですよ」


 そして、若島さんと倉橋さん、二人がいきなりソファの脇に膝を突いて、頭を下げた……ど、土下座だ……。


「伏して御礼申し上げる。この度は我が姫の危機を寸前で救いたもうたこと。感謝する以外の言葉無く、一族郎党ここに謝意を表するもの哉。今後、その恩に報いる事を約する」


 ……うーん。芝居っぽい。いや、カッコイイけど。


「あの……若島さん、倉橋さん、芝居がかっていてカッコイイですけど……その、普通に進めませんか? 本気だけは受け取りましたから」


「そうかな? ダメかな?」


 顔を上げて倉橋さんが首をかしげた。


「ほら、だから言ったではありませんか。この手の古くさいやり方はなんの効果もありませんよ、と」


「本気でお礼を申し上げているという部分は伝わったのだよね? 村野さん?」


 膝を突き、額を地に付ける土下座には意味があるよね。


「ええ。なので、ソファに」


 二人が席に戻った。というか……今の会話……財閥顧問の若島さんが……倉橋さんに敬語? そういう力関係なのか。その辺、詳細が良く判らないな。


「さて。先ほどのお礼の意味……ですが」



 

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