124:師匠の決意
明確な襲撃の気配。しかも正面玄関からか……。師範代の矢畑、衣田も気付いたようだ。
「さすがに……何もせずにいて後手に回るのはな」
急ぎ、門前へ出る。停まっていたのは濃紺のバン。村野がここへ来ることは連絡を受けているし、ヤツの気配はさっきから伝わって来ていたから問題無い。
「さすがじゃな」
ヤツのお付き……嬢ちゃん二人の動き、展開が異様に早い。場慣れしすぎだろ。あっという間に敵の進行方向を遮るポジションに移動している。
「おうおう。うちの建物は壊すなよ?」
お粗末だな……襲撃者の……レベルが低い。どう考えても格下過ぎる。
「それにしても……うちに仕掛けてくるにゃぁ拙ねぇな」
「何か……手があるんじゃないですか?」
「ああ、かもしらんな。で。どうする?」
村野は……弟子になったというのに、一向に変わらんな……こいつ。魂が畏縮していないというか……なんというか。
「ここは我々が。御主人様に復調具合をお見せしたいですし」
「んー汚れない?」
「大丈夫かと。ありがとうございます」
こんな会話をしている時点で相手に勝ち目はないと思うのだが。
「対象は……5……。撃って出ます」
メイドさんが華麗に舞った。
襲撃者の後始末は元警察署長の矢畑に任せた。警察内にも様々な勢力があり、陰陽寮のご機嫌伺いだけではない。特に地方警察への影響力は低く、不明な事案が発生するたびに横取りしていく組織に反感を抱いている者も多い。
矢畑がうちの師範代の時点でお察しってヤツだ。美味いこと処理するだろう。
襲撃者は予想通り、嬢ちゃん二人にあっという間に制圧された。直後、三沢も到着したので離れで情報のすり合わせを行うことにする。
三沢が連れてきた鏑木という男の説明が始まった直後。村野が動いた。
「ちょい待ち……松戸さん、森下さん……判る?」
「いえ、申し訳ありません……」
敵……か? いやだが、その気配は異様に薄い。というか、これは本当に敵か?
と、疑問に思った瞬間。村野と鏑木が動いた。一瞬消えた。儂の目が追えぬと言う事は……ちっ。
再度駐車場か! と駆けつけていた途中で、爆発音が聞こえた。
倒れ込んだ鏑木。村野を守る様に前に出た様だ。
「大丈夫かっ!」
駆けつけた門前はもうもうと埃や煙が立ちこめていたが、何故かすぐに落ち着いた。
その跡には、直径1メートルくらいの円形の窪み、クレーターが生じている。
これは……。三沢に目を向ける。頷く。ということは、かなり高性能な爆薬が使われた様だ。
「爆発の被害は大きく無いですね。……鏑木は運悪く、小石か何かが頭に当たったのでしょう。意識は失ってますが、大した怪我じゃ無いです。念のため後で検査させますが」
が、三沢の言う通り、倒れた鏑木はそれほど大した怪我では無いようだった。
おかしい。
アレだけの……大地を抉る爆発が生じて、それが指向性、爆発の方向性を指定されたモノだとしても、ここまで周囲に影響が無いのはおかしい。
そもそも、超絶至近距離で巻き込まれた鏑木が……小さな怪我で済んでいる事がおかしい。鏑木は能力者で、斥候と守りに長けている……と聞いたことはあるが、それにしてもだ。
これはまた……。彼が、村野が関係しているのだろう。なんらかの力で鏑木を守ったに違いない。
村野は……明らかに武人では無い。そして化者でも無い。どちらかであったとしたら、もう少し、修行したという痕跡が身体に残っているハズだからだ。
さらに、話に聴いている「海の底から来る敵」に操られた人間とも違うだろう。ヤツラに乗っ取られると、強大な力と引換に明確な思考を失ってしまうという。本能のままに人間を飲み込んでいくそうだ。さらに意志の力やそもそもの気力を失う。
気力を使える、操れる=能力者、そして人間の証なのだ。
となるとなおさら。村野某が何者であるか判らないのだが……。
早々に回復した鏑木から、陰陽寮のヤツラの詳細な情報が語られた。
やり口なんかは体感してきが、対峙してきた俺でも、こんな明確に能力者界隈の話は聞いたことがない。
鏑木、三沢は村野に説明する形で儂にも教えているのだろう。
その後、普通に稽古を行う。
ああ。相変わらず村野は武術者としては拙い。素質が無いとは言わない。だが、純粋に鍛錬が足りないのだ。本人も素人同然だと言っていたが。嘘でないだろう。初心者のそれであって、佇まいが成立していない。
だが。そんな初心者に我々は翻弄され続けている。
以前、儂が己を失いそうになった時も、今日の「耳目」に気がついた時も……あれが「本気」なのだとしたら。
ただ単に資質のみで全てを凌駕するのだとしたら。
稽古後、村野とお嬢ちゃん二人が帰った後に三沢に諭される。
「師匠……村野様に関しては……規格外と思った方が楽ですよ? あまり深く考察しても答えは……でません」
「そうか……だがな……あの爆発跡を「治す」事が出来る能力というのは……そして「悪意」からの結界っていうのはなんじゃ?」
「皆目見当が……結界の様な盾を使う能力者であればおりましたが……」
鏑木でも判らぬか。
「師匠。牧野ビルの上階吹っ飛ばし……説明しましたよね?」
「あれはやはり本当の事か。謎の兵器などではなく」
「嘘つくわけないでしょう?」
「牧野文雄もヤツなのだよな?」
「ええ。正直、それ以外の選択肢が無いですから。師匠……賭けませんか?」
三沢が……不詳の弟子が悪い顔をしおる。此奴も世界で揉まれてイロイロあったようじゃな。
「ヤツに……か?」
「ええ。下手すれば……いや、一緒にいればいるほど、超勝ち馬じゃないかと思っています」
「そこまでか」
くくく。つい……声が漏れる。堪えようにも口の端が笑ってしまう。この歳で。正直、武術家として人間として、そろそろ全てを諦めねばならないかと思っていたこの時に。そうか。
「判った。そもそも、逃げの手は無かったしな。死ぬ前に動けてラッキーだと思わねば。我が妻と息子の仇……ヤツラに刻み込んでくれる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます