119:陰陽寮

「あの戦闘服は、所謂、ネット通販で容易に手に入るモノですね……物がペラペラで機能性も低いですし」


 縛り上げた不審者をどこからか現れた灰色のバンで連れて行く前に、三沢さんが最低限のチェックをして戻ってきた。


 ん? というか、その横に……いつの間にか人が。


「あ。以前からお話してました、うちの担当を連れて参りました」


 ああ、この人が古来からの忍者とか草とか乱破なんて言われていた一族の……。


「鏑木です。よろしくお願いします」


「村野です。こちらこそ」


 身長は175センチくらい、短髪で丸眼鏡。ああ、ちょっとあっさりしているが、若い頃のジャンレノに似てる。ちょっと痩せてるかな。まあ、サラリーマンに見えなくもない。年齢は、俺のちょい上くらいだろうか?


「まあ、それよりも。少々、人のいないところに移動出来ますでしょうか?」


「師匠?」


「奥の離れを使って良いぞ。儂も聞いて平気かの?」


「今さらですからね。逆に師匠にも知っておいてもらった方が安心です」


 ん? そこそこ大きな情報なのかな? というか、まあ、今回の襲撃犯の事、何か知ってる感じかな?


 道場の奥、師匠のお宅の脇にある離れ。ここはちょい偉い人がやって来たときに泊まってもらう施設だそうで、単純にプレハブの物置とかじゃなくて、純粋に一戸建て小さめの家だ。

 玄関脇に護衛というかSPさんの待機用の部屋もあるし。


「先ほどの襲撃は……陰陽寮の下仕えですね。やつら、そもそも村野様のことは早々に気付いていた様です」


 お。知らない単語……。


「陰陽寮……か。やっかいじゃの」


 師匠がそう言う……ということは。


「陰陽寮は……能力者……というか化者かのものの元締めです。古来より現代まで日本最大の能力者組織の頂点と言ってもいいでしょう」


 鏑木さんの報告に、三沢さんが捕捉してくれる。毎度ありがたい。


「ただ、直接動き始めたのはここ20年といった所なので、イロイロと拙く、連携も取れていないことが多いのです」


「20年前ってことは前に聞いた……えっと」


「遠阪全滅戦じゃな。何かによって、あそこの町が全壊したことは間違いが無い。そう。アレ以来、日本の守り手の秩序が崩壊した。さっきのも陰陽寮であれば、儂はヤツラがああいったことをする……というのを聞いたことがないしの」


「そうですね……村野様に説明しますと……そもそも、陰陽寮という宮内庁の部署は、権力はあっても実力は持っていませんでした。まさに統括部署といった感じでしょうか」


「実務は……えっと、「総領十二家」でしたっけ?」


「そうです。実際に手を汚すのは「化者」たち。そしてそれを統括するのが「十二家」。そして支配するのが陰陽寮となります」


「陰陽寮が宮内庁の所属ということは……朝廷、皇家は一切手を汚さずってこと?」


「……古来より……天皇家は一切関わっておりません。下々の者が「勝手に」やっている事となります。さらに言えば、現代では既に上の方々は、陰陽寮がその様なお役目を与えられているということすら知らないかと」


 そりゃそうか……その歪な奴隷制度が連綿と受け継がれてきたなんて知らないよな。戦前ならいざ知らず、戦後日本の皇室はあくまで象徴であろうとされているし。


「遠阪全滅戦で多くの「化者」が野に放たれました。多くは身を隠しましたが、中には組織に所属した者もおります」


「具体的には?」


「大きく分けて……生き残った他家、警察関係、暴力団関係、そして朝廷……陰陽寮といったところでしょうか」


「ああ、「総領十二家」の中で生き残った家もあるってことか」


「はい。十二家の全てが秋田県遠阪町に本家を構えておりました。ですが、日本全土をカバーするために全国各地に分家を配置している家も多く、特に地方を担当させられていた家……七家が残りました」


「そう聞くと……十二家の中でも立場が弱かった七家が生き残ったという感じ?」


「はい。なので強力な力を持つ「化者」も尽く死んでおります」


 そりゃ……混乱するわな。日本創成より貫かれてきたシステムが崩壊したわけだし。


「元々、陰陽寮には「十二家」を監視する役割を持つ者がおります。耳目じもくと呼ばれた彼らは、あくまで目と耳であり、戦闘力を持ちませんでした。が。全滅戦以来……」


「実力行使を行うようになってきた、と」


 まあ、うちのメイドさんだから瞬殺だったけど、アレ、普通の人……いや、この道場の師範クラスの人との戦いでも、厳しかっただろうし。もの凄く薄らだけど気力を纏ってたからね。

 

「多分、陰陽寮は以前の様な支配を……取り戻したいのかと。今は本当に……混沌としてますから」


 そりゃ不安だろうね~。いつ復讐されるか判らないし。


 ん?


「ちょい待ち……松戸さん、森下さん……判る?」


「いえ、申し訳ありません……」


 二人だけでなく、この場の人間全てが俺が何を言いたいのか判った様だ。


【加速】を適度に使用して、瞬時に駐車場に出る。


「どこに行くのかな?」


ビクッ! 


 身体を震わせて、すくみ上がった男。何だ? こいつ……妙に……存在が薄い? 認識しずら……あ。俺が【隠形】使った時に似てる……というか、俺よりも上手だな。これ。


「ここまでの【隠密】の能力者……「耳目」の片矢か」


 いつの間にか鏑木さんが脇に立っていた。うちの娘たちよりも速い。さすが。


「くっ。屋守……か」


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