116:入門

「弟子よ。お前のとこに目と耳の良いのがいたろ。あやつらはもっと詳しい事を知らんのか? あの一派も昔から裏で生きて来たハズじゃ」


「それほど……彼らはさらに使われる者達だったらしいんですよ。まあそれでも、何か気付いていない情報があるかもしれないので、そのうち村野様に合わせる予定です。今、こないだ話した牧野興産の件で大忙しでして」


「ああ、そうじゃったな……。牧野興産……か。ヤツら、死の商人として活動しようとしていたのじゃろ? さらに新型の麻薬も創り出していたと。儂が考える日本に怨みを持つ者の行動に一致するな」


「ああ、ええ。牧野興産のトップの牧野文雄は能力者でした。話を聞けば聞くほど、その「化者」で確定ですね」


「……そうか……」


 行貞さんの顔が……ハッと……何かに気付いたようだ。


「そうか……」


「これまで。能力者は「呪術によって呪いをかけられて、奴隷として戦わされていた」と。彼らは日本を守る為に歴史の裏で常に戦い続けて来たのですよね。それが支配から解き放たれてしまった。つまり、現在、日本の守り手は?」


「呪術か。そうじゃな。まさに呪いじゃな。で。守り手じゃが。おらんな。そうじゃろ? 弟子よ」


「……ええ、そうですね。ここ最近ですが……世界中の裏社会の組織が、日本に対してアプローチをかけてきています。既に先行部隊を送り込んできている所も幾つかありますね。その、20年前の事が原因だとは思いませんでしたが」


 そうだったのか。日本、やばいんだな。逆に「日本に攻め込んでも大丈夫」という情報が知れ渡るまで15年以上かかってるのか。……昔……何したんだろうか。


 というか、日本が比較的安全で治安が良かったのって……島国だからとかそういう問題じゃなく、能力者達のおかげだったのか。


 ひでぇな……。幾ら能力があったとしても、どれだけ辛い戦いだったことか。


 しかも……お国のためにありがとう、と、報われることもない。なんだそれ。そういういの……嫌いなんだよなぁ。本当に嫌い。


 と、むかむかしていたら、若干周りのみんなが引いている……気がした。え? 顔に出てたかな? やべっ。


 そういえば。思いついたことが。


「あの、いきなり話が変わるんですが、行貞さん、弟子入りすることは可能ですか?」


「ん? ぬしが……か?」


「はい、戦ってもらって分かったと思いますが、自分はキチンと拳術、武術を修めたことが一度もありません。できれば基礎からキチンと教わりたいなと思っていたんですよね」


「ん……まあ、……いいのじゃが……弟子よ。いいのか?」


「御本人がそう言ってますし……」


 知り合いだからって勝手にはせず、ちゃんと月謝を払い、通わせてもらうことになった。


「稽古は毎日、日の出から、深夜まで開けておる。今日は人払ったが、誰かしらおるからな」


 システムは。道場に来たら神棚に挨拶をして、自分の名前札をひっくり返して、準備運動をして、適度に稽古。必ず師範代が一人はいるので、最初のうちは基礎をちゃんと教えてくれるそうだ。


「毎日朝から晩まで……」


「儂は週二回、夜八時から二時間プランのみで良いと言ってるのに、誰も言うことを聞かんのだ」


「師範代はみんな、うちの流派をきちんと残して行くことを天命として活動してますからね。師匠が自分の代で潰そうとしてるから」


「そんなことはないぞ」


「そんな理由で、ここの師範代は非常に面倒見が良いのでオススメですよ」


「うむうむ」


「師匠が何もしませんからね。下が育つってなもんです」


「毎日ちゃんと稽古しとるじゃろ」


「掛かり稽古だけじゃないですか……しかもみんなを転がすだけでしょう? 大抵」


「……」


 そんなか。


 リハビリが終了すれば運動不足になるだろうと、松戸さん、森下さんの二人も通うことにした。俺だけ稽古してるのを見学させておくのはね。ちょっとね。


 木札を作っておいてもらう。この札、この流派では師匠が手書きで作るそうだ。


「あ。道着とか……どうすれば?」


「なんでも良いぞ。適当に売ってる他流派のモノでも、なんならジャージでも。うちに通ってるやつらは全員、道着で来てそのまま帰るな。更衣室とシャワーが無いからのう。戦前は庭の井戸で水浴びしてた様だが」


 そんな?


「ええ。実際、ジャージで稽古してる者もいると思いますよ。上達すればするほど、足さばきを隠すのに袴をはいたりして、いつの間にか師匠の着ている武術着に近くなっていきますが」


「ああ、なら、自分は師匠と同じモノで。どこで買えますか? 入門ってそういうものですよね?」


「お、おう。判った。これは知り合いのとこでしか作って無くてな。用意しておいてやろう。次にくるまでに……間に合うか?」


「というか、村野様、どれくらい通うおつもりです?」


「ん~週に一度は確実に。出来れば二度くらいは」


「判った。最初はジャージで来い。間に合わないかもしらんからな」


 頷く。


「あ。二人は……どうしましょう?」


 未だ、部屋の隅で立っている松戸&森下さんを見る。体調がさ、万全じゃないんだから座って良いのに。頑固だなぁ。


「二人は……それが戦闘装備なんじゃろ?」


 二人が頷いた。


「判った。それも言っておく。嫌がるヤツはおらんじゃろ。くくく。綺麗なメイドと手合わせできるなんて、早々無いからな。そして侮って散々打ちのめされるといい。最近弛んでおるしな」


「みんな可哀想に……」


 ということで、我々三人の「九段相身流」への入門が決まった。



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