111:ニヤッ

 足を狩りに来たその足が跳ね上がる様に俺の顔を貫こうとする。


(ホーミングかよ)


 曲がったぞ、今の。軌道が途中で。おかしいでしょ。物理慣性の法則無視してない?


「避けるか」


 そりゃそうでしょ! 稽古って言ったじゃん。当てようとしてるし! この勢いで当たったら、骨とか折れちゃうでしょ、絶対! 普通なら。


「本気ですか?」


 ニヤッ! って! ニヤって笑った! 怖ぇ。というか、マジか。明らかに達人なんだからさ……。俺みたいな素人をどうこうしようなんて思わないで欲しい。


 ちっ。大きな踏み込みから……なんだ、これ、右回し蹴りと共に左脇腹に抜き手? 拳じゃないから、ホンのちょっとだけ間合いが長い……くっ。これ狙いか。


 これで若干腰が引けてしまう。そこに飛び膝! 間一髪、首を振って躱す。ヤバい、もう臨界点を超えてる。今の膝で頬擦ってるし。


 その膝を押さえて、力技で組伏せてしまおうかと思ったが、その時は既に髪の毛を掴まれて顔を強制的に動かされて、反応が遅れてしまう。

 その上、俺の身体を蹴った逆脚が顎に当たりそうになる。ギリギリで避けれた。連続技えげつないな……これ。

 なんだっけ、無呼吸で技を繰り出すってスゲー大変で、大抵が奥儀なんじゃ無かったっけ? 漫画で読んだことがあるぞ?


 顎に向かってきていた蹴りを避けた直後。それを追撃しようとした瞬間に、ポンと胸元に当たった。逆の足裏だ。


 ってことは……行貞さんが綺麗に海老反りで宙返りを決めて、距離を取られてしまった。


 くっそ。全部やられた。……正直反撃への手がかり無しだ。あっという間の連続攻撃に、カウンターどころか、俺から仕掛けるやり方のヒントすら思いつかない。


 というか、自分から仕掛けるのは……ちょっと……無理があるか。


 それくらい雲泥の差が……実力、技の差がある。それは理解出来た。


 行貞さんには、俺に「自分の行動」を一切ヒントを与えずに仕掛けられるだけの幅があり、俺にはそれに対応する技がない。


 残されているのはとにかく良く「見る」。それだけだ。そして避ける。間に合わない場合は受ける。


ゴズッ!


 ぐお……ガードした腕が弾け上がる。今の俺、ちゃんと腕でブロックしたよね? 痺れてる。気力は……まだ纏ってない。それでこれか。


 物理的なパワー、踏み込み、腰の回転運動、胸の捻り、そして腕のたたみ込みからの力の集中。


 行貞さんの身長は百七十センチくらい。中肉中背。手足のリーチもそれに相応しい長さしかない。

 俺の方が身長百八十センチちょいでリーチで言えばあらゆる点で有利……なハズなのに、それを全く感じさせない。というか、押し込まれっぱなしっていうのは情けないなぁ。


 というか、松戸、森下の両名と対戦していたときのスピードと……全然違うじゃないですか。隠してたというか、本気じゃ無かったというか、何段階スピードを上げたんだろう。


 怖いな。


 あのダンジョンを経験してから、ギリギリでも転移して戻れば死なないことも合って、なんとなく怖いモノ知らず的な所があったんだけど……。

 

 ここまで翻弄されてしまうと、どうにも敵わないんじゃ無いか? って考えが頭に浮かぶ。


 心のどこかで稽古だから……と思っている部分が残っているが、だからといって一方的にやられていいわけじゃない。


 どうせやられるなら、次の手がかりくらいはゲットしたい。気付きたい。


 くそがっ。


 思い切り、自分から踏み込んだ。その踏み込んだ足先を行貞さんの左足が「止める」。

 なんだ、これ。板張りの床に縫い付けられた? くっ、あ。もう動く。一瞬だけか!

 せき止められるこ動作は……俺の「ブロック」に似てる。アレで魔物を足止めする際には今みたいな使い方をしていたと思う。


(やられちゃってるのかよ……)


 くそう。そう言われてみれば、俺の戦法、戦い方には「ブロック」を組み込んだ場合がほとんどだ。


 まだ慣れていない無手の戦闘では特に、「ブロック」を使用したくなってしまう。


 なんて考えながらも、とりあえず、軽いジャブから右ストレートを撃ち込む。別に隙があったわけじゃないが、このまま撃ち込まれるままだと、反撃の兆しが全く見えないので、とにかく突破口を求めて出した感じだ。 


 当然、そんな中途半端な攻撃を、途中で捉えられてしまう。


 って、行貞さんの身体が回転して、脇に俺の腕が巻き込まれて、絡め取られる。


ちっ


 この場面で関節狙い、腕を壊しにくるのか! スゲー嫌なやり方なのに……その転身の速さに驚愕しかない。


ギチッ!


 体重を乗せられた腕は、立ったまま、完全に決められてしまった。くそ。


 とりあえず、左手、指でかろうじて……行貞さんの首の端っこ……を掴み、そのままつねるように締め上げる。


 普通はこの体勢で、首を掴んでも力が入らない。そういう姿勢で組み付かれてしまっている。が。まあ、そこは……レベルアップして向上している肉体的な優位、向上したステータス頼みに、力を入れる。


「ど、どこに、そんな力が……」


 このままだと首の横を喰い千切られて、血が噴き出すことをイメージしたのか、素早く体勢を整えて、俺の指を弾き飛ばした。

 

 親指と人差し指で摘まむ形だったのだが、その根本を強く打たれると、力が入らなくなって外されてしまう様だ。人体の神秘。


 と、同時に決めていた腕も放されている。あっという間に距離を取られてしまった。


 まあ、良かった。関節を極められる前に対応出来たようだ。


 両手を振るって、筋を伸ばす。若干痛めたか。というか、一度掴んだ得物はタダでは帰さないっていうのは大切だよな。


 でもこうして……例え若干だとしても、ダメージを蓄積させていくことは重要な気がする。メモメモ。



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