110:戦闘中毒者は実際には怖い

 今の反撃……松戸さんはほんのちょっと立ち位置をずらしただけだ。確かにスゴイな。たったあれだけで結果がさっきとは大違い、反撃可能となるのだから。


 まあ、とはいえ、行貞さんは「ワザと」受けたみたいだけどね。


「そろそろ良いんじゃないかな。来なさい」


 松戸さんが悔しげな表情を浮かべる。行貞さんは何枚も上手な様だ。


 松戸さんはさっきからずっと、脚を広げ、腰を下ろした構えのままだ。


 が。


 動いた。上半身はそのままで、下半身、特に膝下の足運びだけで、凄まじい瞬発力を見せる。

 って、何か気持ち悪い。上半身が動いていないのが異常なのだ。生き物の動きでは無いかの様に、行貞さんに迫る。

 

「おう」


 行貞さんの口から思わず声が出た。


 松戸さんの拳は行貞さんの左肩に肉薄していたが、ギリギリで避けられている。

 行貞さんの拳は……捻られて、首と顎の間で寸止めされていた。


「東大野かと思えば、東大野の分派じゃったか。確か、あそこには小太刀二刀の派閥があったの。本来なら、その手に小太刀……あるいは苦無を使うハズじゃが」


「ございますよ」


 松戸さんがスカートをめくる。巻かれているベルトに、刃物……アレが苦無か。が、刺さっている。いつの間に用意したんだろうか。


「おう!」


 色っぽい太ももに反応したのか、行貞さんはの顔が一瞬でエロジジイ系に変化した。


 スカートは瞬時に戻された。


「師匠」


 三沢さんから注意+1だ。


「今、それを使われていれば危うかったやもしれんな」


ちっ


「……そんなことは無いでしょう……」


 松戸さん、舌打ちは、はしたないですよ。


 すっ……と、森下さんが松戸さんと入れ替わる。勝負あったということで、松戸さんの負けだ。


「ん……次は……良く見れば、声を奪われておるのか。酷いことをする」


 お。この状態で「見て」判る……ということは、気力について、何らかの見識があるってことだろう。これは重畳。三沢さんに感謝しないとな。


「師匠、彼女の声、どうにかなりませんか?」


「……すまん。何度か能力者とは戦ってきたが……気力が要だということは判っているし、対抗するにも気力が必要だとは考えて、お前にも教えたが……未だ、使いこなすには至らずじゃ。なんとか受けに使える程度といったところでな」


 あ。オーラが変わった……光輝いていたのが陽炎のような揺らめきに変わる。

 

 それが、行貞さんの身体に纏わり付く。


「この程度じゃ。これで瞬間的に身体を護るくらいの事は出来る……が。そこまでじゃな」


「そうですか……師匠でも……」


 あ。そうか。三沢さん、ここに案内してくれたのはこのためでもあったのか。


「んで? 娘さん的には?」


 そんな会話お構い無しで、森下さんは構えた。これまでの二人の見せた構えとはまた違う……なんていうか、空手に近い感じだろうか?

 

「ほうほう。常時脱力か。構えでそれは……珍しいの」


 と。行貞さんが言ったと同時に、森下さんが歩を進めた。 

 構えも既に解けている。ただ……リラックスして近づいて行く。


 なんとなく、ボーッと見てしまっていたが、既に二人はお互いの手が届く位置で相対している。


「シッ!」


 息吹一閃。森下さんの両腕が唸りを上げて行貞さんに襲いかかった。

 って。あ。両腕だけじゃない。両足、両膝も一斉に攻撃を開始している。身体をひねってその反動で裏拳とコンパクトにまとめたアッパーカット、そして、膝、さらに縮こまった状態から鳩尾狙いのトゥーキック……それを防がれて、その反動を利用して後ろに飛んだ。


 一瞬の攻防。というか、今……多分、行貞さんは気力を使って防御した。

 ということは、森下さんが気力、能力を使用した攻撃を行ったっていうことになる。って俺と戦ったときは使って無かったけど、気力を纏った攻撃が可能だったのか……。


「武術……としてはさっきの太ももちゃんの方が上。技は至って未熟。さらに身体を壊しておるな? いや、治療中か。だが、それが判っているからこその、この連撃……気力……か。やるな、娘さん」


 奇襲に成功はした、森下さんは……若干悔しげな顔をしているか。


 そうか。森下さんの体調は……まだ本調子とは言えないのだろう。だから、初撃に全てを賭けたってことだろうか。


「どうする? 止めておくか?」


 森下さんは……止める気……無しか。うーん。彼女、なんとなくだけど、彼女、一撃良いの入れられるまで続けそうだなぁ。


「それじゃ、そろそろ、自分がお願いしてもよろしいですか?」


 森下さんの前に手を入れて、後ろに下がらせる。後ろに下がる体勢が若干崩れる。ほら。戦えるほどには癒えてないじゃん……。だから安静にしてろと言ったのに。


「お。うんうん、真打ち登場じゃな」


 行貞さんがもの凄く嬉しそうに微笑んだ。というか、これが戦闘中毒者ってヤツの笑顔……か。怖いなぁ。


 よしと。んじゃ靴下も脱がせてもらって……と。今の俺の服装は、シャツにスラックスだ。動きにくくは無いか。どうせならジャージとかが良かったけど。


「では、「し」合うかの」


「稽古ということで。し合うの「し」は死亡の死に書き換えられちゃいそうですし」


 おすし。


「まあ、そうじゃな。では、稽古で」


「よろしくお願いします」


 直後。足が横から、俺の足を狩りに来た。


「いきなりだなぁ……」


 寸前で薄くジャンプして躱す。怖っ。


「避けるのう。しかも、ただ、避けるのう」


 こ、こわっ。



 

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