109:スカートの意味

 勝手知ったるなんとやらなのか、三沢さんの案内で通されたのは、高校にあった武道場よりも大きめの道場だった。というか、バスケコートよりちょい大きいくらいか。

 天井もかなり高い。竹刀や木刀を振っても平気な仕様だろうか。


 板張りで壁に名札? が掛かっている。こういうのドラマで見たことある。うん。すげぇ。


「じゃ? やるかい?」


 いきなり? 


「師匠、もう少し会話を」


「うるせえなぁ。お前は相変わらず」


「我々から、で」


 松戸さんが前に出た。森下さんも、当然の様に続く。

 というか、二人の事だ。判ってるよね? 行貞さんが強いの。それでも? 


「そうか。久々のべっぴんさんとの手合わせだ。思い切りやらせて貰うかな」


 松戸さんが構える。って、メイド服のままじゃん! スカート長いし。明らかに戦いにくそうだけど。

 さらに脚は靴を脱いだ状態。ストッキングだ。滑らないのかな?


「着替えんでいいのかな?」


 行貞さんが代弁してくれた。


「常在戦場。これが私たちの「新しいユニフォーム」ですので」


「ほほう。その心掛けやよし」


 スッ……と、松戸さんが間を詰めた。すり足。左足爪先が、外側から円を描く様にローキック……と、見せかけて、脇腹に向かう。


「ほうほう。なかなか。なかなか」


 ? 松戸さんはその足を強引に止めた。行き場を失った回転運動を収めるため、両手を地面に付けた。


「高度ですね」


 俺がサッパリな顔をしているのが分かったのか、三沢さんが囁く。


「松戸さんがあのまま蹴りに行っていたら、師匠に迎撃され足先を壊されてました。それに気付いて足を引っ込めたのですか、そんな強引な反動は隙を作る。ですが、松戸さんは両手を付いて何らかかの構えを取った。そのため、師匠も様子見となった。ってところです」


 おお。漫画の解説担当キャラみたいだ。ありがたい。


 神妙に頷いておく。


「実戦か。十や二十じゃないなぁ。苦労したのぉ」


「ちっ」


 舌打ちと共に、左足、そして連続で右足……と、思ったら、掌で打つ「掌底」? 突き出した右手肘を支えるそうに左手が添えられている。


「おうおう、怖い技じゃな。掌で首狩りか」


 今のは、掌底で首を押し潰す感じ? だったのかな?


「今のは完全に喉撃ち狙いでしたね。足元のスカートで腕の動きを見せなかったのは上手かったですね。というか彼女……」


「そうかそうか。われ、東大野か」


 松戸さんの拳がピクっと、反応した。


「いや、見事よな。そのメイド服の長いスカート……袴の代わりか。よく考えたものじゃな。余りに今の流行じゃもんで一瞬、惑わされたわ」


「東大野っていうのは、無刀古武術の流派です。古武術……大抵は江戸、又はそれ以前から続くため、奥義等のほぼ全ての技が袴姿を前提で作られています。今の、袴を使って腕を隠すやり方は、東大野流の得意技で、逆にアレを使うなら東大野と言われる位、ゆうめ……」


 と、三沢解説担当の台詞が止まった。


 松戸さんの構えが変わったからだ。脚を大きく開き腰を下ろした。安定している。


「ほう。小娘。ここが何処か、判ってその構えじゃな?」


 左手を前へ、右手を後ろ気味に。その左手をクイクイっと手前に倒す。これは俺でも知ってる。カカッテコイヤの構えだな。


「フムフム。ならば答えようかのう」


 行貞さんの構えも変わった。というか、松戸さんの構えにソックリだ。いや。これも、俺にでも判る。こっちが本家、だ。なんというか、重みが違う。


 そして更に。


 彼の纏うオーラが変わった。加減としては、少し本気になった感じだろうか?


 それを感じたのだろう。松戸さんが、クグッと更に身を沈めた。


 そこに、行貞さんが踏み込む。速く……はない。普通だ。すり足でも無く普通に踏み込み、たん、たん、たたん。と、正拳? 突きを連続で繰り出した。


 待ってましたとばかりに、松戸さんがカウンターを仕掛け……られなかった。

 それほどではないが、そのままダメージを受けたようだ。ん? あれ? 何か変だな。


「松戸さんの最初の構え、あれ、ウチの「下構え」っていう構えで。簡単に言うなら、カウンター狙いの構えです。他門派との出稽古で、対戦相手の流派の型や構えを取るのは「お前の流派なんて真似っこ簡単、ダサっ」ってなメッセージとなります」


 おおーサンキュー三沢解説担当。


「松戸さんは自信があったのでしょう。うちの構えで迎撃しようとした。が。出来なかった。まあ、そりゃね。現在うちの構えと最も戦ってるのはうちの師匠だ。弱点も知り尽くしてるし、対策もしてます」


 そうだよな。間合いとタイミングだと思うけど、仕掛けるときの足元、踏み込みの位置が絶妙だった気がした。あの位置から、ああして手を出されると、あの構えを解かなければ対応出来ない。


「って。松戸さん……更に重心を低く……それは悪手だと分かったハズなのに」


 スカートが大きく広がる。再度。行貞さんが踏み込んだ。


タタ、タタ、タタ!


 さっきと同じように正拳を……撃てず、カウンターを放ったのは松戸さんだ。


「うまいな……松戸さんがこれほどうちの構えを使いこなせるとは……」


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