108:師匠の人

 三沢さんの運転で連れてこられたのは、東京の奥。秩父との間……くらいだろうか。車で走れば俺の家からはそれほど遠くない。


 特に混雑しやすい道路を使わないので、渋滞に巻き込まれる事が無いのも大きい。


 門構えの大きい古民家……庄屋さんのお屋敷とでも言えばいいだろうか。門前に無駄にスペースがあって車を停める。


「結構……強引な物言いは勘弁して下さい」


 三沢さんが頭を下げる。まあ、うん、師匠なんてそんなものだろうと思う。


「大丈夫ですよ。これでもサラリーマン。さらに、営業職兼務ですから」


「はっ。申し訳ないです」


 三沢さんは話しているうちにだんだん畏まってくるのは勘弁して欲しい。最初はそれなりに砕けてるんだけどなぁ。


「道は覚えた?」


 三沢さんが松戸さんに話しかけた。


「はい。いざとなればナビもありますし、問題ありません」


 森下さんも頷く。


「いや……それにしても二人とも似合う……ねぇ」


 当然の様に車から降りてここにいる二人。服装も当然の様にメイド服だ。


 なんていうか……緑の多いこの古民家の前に長身のメイドが二人。


 インテリ成り上がり能力者ヤクザ? の牧野が両脇に侍らせていたことから判る様に、顔もスタイルも整っている。特に森下さんはモデルと言われればそうとしか思えないレベルだ。


 まあ、映える。


 ドラマとか映画かなんかの撮影としか思えない。少なくとも、「ただのメイド」とは誰も思わないだろう。


 彼女達が二人とも着いてきたのは、別に今後の運転の為……だけではない。

 純粋に体を動かしたいという希望を叶えるためだ。


 この三沢さんの御師匠さん宅には道場もあるそうだ。


 三沢さんの武の師匠というくらいだから当然、武術の達人でもあり、彼女達の運動不足を解消させてもらうことも可能だろう。


「おうおうおうおう、何ごとかと思えば。べっぴんさんじゃな! メイドか、メイドじゃな。良いの、良いの!」


「師匠! いきなり失礼ですよ、ちゃんと紹介させてください」


「お前は相変わらずじゃなぁ。こんなべっぴんさんを前にしてそんなことしか言えんとは」


 いきなり現れたのは、矍鑠かくしゃくとした老人……オールバックの髪に顔付きは……えーっと。ああ、いい加減で有名なコメディタレントさんが怖い顔をしたときに似ているか。身長は170センチ程度だと思うが、もっと大きく感じる。


 それにしても老人と言っていいのだろうか? 外見は確かに……七十歳程度だろう。だが。俺の目に映るのは身体を覆うオーラ。自分が元気であるということを証明しているかの様な。凄いというか、圧倒されてしまう。


 老人の形に纏い付いている金色の光。神々しいってこういうことなのかな?


 正直、こんなのは見たことがない……生気……いや、これが気力だろうか? 


「村野様、申し訳ない。こちらが私の師匠になります、武術家の行貞智紀ゆきさだとものり氏です。多分……私の知る限り日本で最高クラスの個人戦闘力所持者です」


 へー。それはそれは。ただ者では無いのは判ってたけど、三沢さんがそう言うってことは……言葉通りなんだろうな。


「お前にそう言われるとむずがゆいな。人殺しの技はお前の方が上じゃろうに」


「師匠……勘弁して下さい」


 まあそりゃそうか。世界で傭兵稼業していたらねぇ。でも銃で撃つのと……拳で撃つのとでは、確実に感覚が違う。結果は同じでも。


「んで? 久々に連絡をしてきおって、メイドさんを紹介しにきたわけじゃぁ……あるまい?」


 俺を睨まれても。うん。


「師匠……だから、目つきが悪いんですから、やめてください。師匠、こちら、うちのお客様の村野様です。少々お話を伺えればとのことで」


「話……な。まずは、立ち会うか」


 ?


「儂はこれくらいしか取り柄が無いからのう」


「師匠、それは……」


「なんじゃ? そのつもりで来たんじゃろ?」


「あ、まあ、その、話をしたうえで、そういうこともあるかなとは思ってましたが……」


「なら、最初の方がいいじゃろ。でないと何の話がしたいのかも分からん」


「村野様……どうしますか?」


「立ち会うっていうのは……その、どういう? 何分、自分は武術に関してほぼ素人でして」


「ほう、ほうほう! 本当か?」


 目が、ぎょろっとしてて怖い。


「村野さんとやら。本当に初心者か?」


「はい。これまで一度も道場に通ったことも無いですし、教えを乞うたことも無いですね」


「……そうか。まあ、ああ。なんとなく納得は……いくか……」


 腕を組んだ行貞さんは、作務衣の様な服を着ているのだが、それは武闘着ってやつか。凄いな。リアル武闘家っているんだな……。


「なら、まずはそっちのメイドさん二人とやろうかの。その二人は……イロイロあった感じじゃの。元は公僕か」


「……」


 二人の雰囲気が変わった。まあ、ここ最近、戦闘モードに切り替わってなかったからね。そう。この二人、実はかなりの腕なんだよね。操られてたとはいえ、俺にも結構、踏み込めてたし。


「おうおう。可愛い顔が台無しじゃぞ? バレるのが嫌ならちゃんと隠さんとな」


 あ。森下さんが既にちょい構え気味になってる。


「どうどうどうどう……」


 なだめる。


「ダメだよ、こんな判りやすい引っかけにノっちゃったら」


 いやだから、すねるな。え? そんな血気盛んなタイプなの? ってみたら、松戸さんもさりげなく……臨戦態勢か! おいおい。


「判ったから。まあ、それはさ。本当に敵対している相手に向けて。そういうのは」


「村野君とやら。いいな、キミ。なかなか。気に入った。やろう。すぐやろう」


 うーん。やろうやろうってもう。その台詞、通常の会社で言ったら男相手でもセクハラですよ……。







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