107:濃紺のミニバン

「いやでも、だからってその服装は……目立つじゃないですか。というか、まさか、外に買い物とか、その格好で? 行ったりした?」


 考えれば考えるほど、やばい、ご近所で確実に噂になるし、目立ちすぎるし、矢面に立つし……。

 町内会からも質問攻め、つるし上げられるような気がする。最終的には「そんなお金があるのなら」寄付とかもっとしろっていう視線が激しくなる気がするし。


「いえ、今日届いたばかりですので、まだ、行っておりません」


「お願いだから……行かないように……」


 なに、そのあからさまに不満そうな顔は。よく考えなくても判るでしょ? メイド喫茶とか秋葉原とかコミケとかそういう場所じゃ無い限り、身長180センチ近くある、その格好の女の子は、超絶多くの人の視線を独り占めだよ?


「お仕事時のユニフォームとしてはお許しいただけますか?」


「……」


 やめてください……とは言えないか。パワハラか。これも。


「その服が仕事がしやすいというのであれば……致し方ないですが……」


「ああ、良かった。実は既にデザインの違うモノもいくつか注文済みでして」


「!」


 どういうこと?


「実は、森下が……この手の服飾系が趣味でして。本格的な作業着として使用可能なメイドコスチュームのデザインを仕上げて、発注致しました」


 ? ああ、格安店で売ってる様なペラペラのコスプレ衣装じゃないってことかな?


「それは、お仕事着としてちゃんと実用出来る物を発注……作っちゃってるって事?」


「はい……今我々が着ているのも、クラシカルなタイプの実用品でありまして。海外メーカーの既製品ですが」


「……判った。任せる……。君たち二人が「それが良い」というのなら、それくらいの我が儘は認めよう。でも、それでこの辺を歩き回るのは勘弁して欲しいんだけど」


 二人は現状、軟禁状態と言っても良い。さらに今後もしばらくは家から出れない。彼女達の生存がバレれば、どこから敵が忍び寄るか判らないからだ。


 ならば……まあ、日常生活で着る服くらいは好きな物を選んで欲しい気もするし。


「ジャ、ジャージとかの方が動きやすくない?」


「ええ。それはそうです。ですが、それは堕落です。私たちは「今後」は背筋を伸ばして生きて行きたいとのです」


 森下さんも頷く。


 ……いえ。それならいいですけれどね。森下さんは未だに満足に音声を発する事ができない。だからなのか判らないが、あまり笑顔になることが無い。


 あんな状況で生活していたのだから、仕方ないんだろうけど、それでも、松戸さんと会話が出来れば、まだ、ストレス発散も可能だろうに。


「判った。その辺は……任せる。好きにしていいよ」


 松戸さんと、森下さんが向かい合って笑顔になった。ああ、そうか。この二人はこんな感じで笑うんだな。そう考えて見ると、彼女達の笑顔をしっかりと見たことが無かった気がする。


 食事、風呂を済ませて、自室に。なんとなく……ダンジョンに籠もる気力が失われ、ベッドに横になる。


 三沢さんからメッセージが入った。


三沢:お疲れさまです。以前、お話した「化者」に詳しい部下の件ですが、現状今回の件の情報収集、及び警戒で忙しく隙間が無いらしく、もう少々お待ち頂きたく思います。その代わり……と言ってはなんですが、そちらの世界に関わったことのある……ある達人と連絡が取れました。……私の師匠に当たる方なのですが……その辺の話を聞きたいと伝えると、早急に来いと命令されまして……。同行されますか? 村野様の事は話しておりませんので、お任せ致します。


 おう。それは素晴らしい。イロイロ知りたいしな。


村野:ありがとうございます。ぜひ、御一緒させていただければ。いつがよろしいですか?


三沢:了解いたしました。何分、かなりせっかちな師匠でして……まずは明日、自分一人で行ってこようかと思っていたのですが~。


村野:御迷惑で無ければそれに同行させてください。自分も達人に聞いてみたいことが多々ありますので。


三沢:了解しました。あ。そういえば、松戸、森下二人の免許証も入手しました。さらに明日、車も用意出来るかと思います。ですので、お迎えに参ります。


村野:はい。すいません、よろしくお願いします。


 明日は在宅勤務ということにしよう。正直、ここ数週間の業務は長期休暇を取っても問題ないくらいの穏やかな凪ぎ状態のハズだ。

 特に、今回のプロジェクトの準備を俺が自宅でバリバリこなしたのを知ってる安中係長、そしてその上は、又何か準備しているのかも? と思ってくれるようになっている。この辺、非常に融通を効かせてくれるのが判るので感謝している。


 次の日。三沢さんが濃紺のミニバンで現れた。中古で程度の良い「目立たない」車を頼んでおいたのだ。


「お疲れさまです。この車、所有はうちの会社になっています。保険等も手続き完了してますので安心してお使い下さい」


「ありがとうございます。お代は?」


「既に経費として頂いておりますので」


 牧野興産の裏口座にはとんでもない金額が納められていたらしい。

 証券や仮想通貨も運用してもらってるし、三沢さん側も儲かってるみたいだし、ありがたいありがたい。


 車は……その……あの。メイド服に異常に拘る森下さんに負けて、買い物等で外出する際に使用する為に用意してもらった。


 まあ、自分も免許は持っているし、聞けば二人も運転可能だということで、免許と一緒にお願いしたのだ。


 

 

 



 



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