102:健康飲料系〇
「わかりやすいところで言えば……右手の粉砕骨折だ。アレは……俺が看たところ骨がくっ付いたとしても、まともに拳を握ることも不可能なレベルだった。マースも同意見だった。なんなら、切り落として義手にした方が日常生活は送りやすいんじゃ無いかとまで言ってた」
三沢さんも自分のグラスを飲み干した。マースというのは確か、三沢さんの会社の……衛生兵というか、軍医だったハズ。
「それが既に……俺が看たところ完治していたし……。精密検査してもらった結果、骨だけでなく、筋肉、さらに筋や神経までキチンと治療されているそうだ。あり得ない。本当にあり得ない。彼女達がここにいるのはそれ以前の問題なんだが、その辺の事情がさらに絡まった結果だ。ちなみに彼女達は既に我が社の社員で、ここには仕事で派遣されている……ことになっている」
「……判った。彼女達がここにいるのはまあ、いい。こちら側なら特に問題は無い。だが……今言ってたことは本当に事実……なんだな? なら、アイは?」
ガチャ!
いささかはしたない音を立てて、ドアが開いた。
「ヤガン……なんか、あたし……体調良いみたい……」
慌てて戻ってきたその顔は高揚しているのか少々赤い。ああ、顔色が良くなったと言えばいいのか。
その後ろから自分の傷痕を見せたのであろうエミさんが入ってきた。
「それは良かった。正直……アイさんは非常に重い病気……原因不明の難病、不治の病と診察されているわけで、今回、これを飲んだからといって、完全に癒やされるわけではないでしょう。なので半年くらいかけて、グリーンスムージーを飲んでいく……のがいいのかな? と」
「ですね……もしも、それが確実に治っていて、体調が回復していってるとしても、あまり一気に癒やされたらその反動が怖い」
三沢さんもフォローしてくれる。
確か、過回復……という、過剰に回復してしまうと、それが毒になるという考え方があったはずだ。
「なので、いきなり体調が良くなった……としても、筋肉が衰えていたり、運動能力が衰えていたりで、長期間のリハビリが必要なハズです。それに身体の栄養分、何もかも必要でしょう。慌てないで下さいね」
と、ついこないだまでリハビリしていた俺が言うと……既にアイさんの目はうるうるとしていた。号泣だ。
「村野様……ボス……その、失礼だとは理解している。だが、聞いておきたい。これは……常習性のあるその……」
「麻薬……ヘロインやコカインの様な気分を上げることで現状の自分を誤魔化すような薬では無いよ。常習性も無いと思う。実例が少ないし臨床実験をしたわけじゃないから、データに乏しいけれど」
無いよな? ダンジョン産の物がこちらの世界でどういう扱いを受ける成分が含まれているのか……正直判らないからなぁ。
頼るのは【鑑定】によるアイテム名と俺が実際に食べた結果だけだけし。
ヤガンが明らかにホッとした顔をする。
「ヤガン、大丈夫。なんていうか、薬で誤魔化されている感じじゃないの。癒やされている感じがするの……」
ああ、そんなような事を松戸さんも言ってたな……。
「成分的には身体に良いものもしか入ってないのですが、クセになってしまうくらいの常習性はあるかもしれないですね……。正直、作っている自分も美味しいと思いますし」
みんなが頷く。
「さて。では、この飲み物が非常に重要物ではないか? という所まで、ここにいる全員が理解したわけです。今後のコトを話しましょうか。三沢さん……お願いします」
「ですね。さて、ヤガン、アイ、このグリーンスムージーがどれくらいの価値があるか……君たち二人になら判って貰えると思う。どれほど……楽になりたかったか考え続けていた君たちなら、真価を理解するのも容易いハズだ」
二人が神妙な顔で頷く。
「村野様が言ったように……半年はじっくりとゆっくりと治療していくことにしよう。辛いかもしれないが、アイちゃんはこれまでと同じ様に自宅待機。そして、最初は二週間に一回、一週間に一回って感じで外出や散歩を増やしていく様にしよう。慎重に慎重を重ねていくことが大切だろう」
「ですね……これが漏れれば……収拾が付かなくなる可能性が高いです。正直……自分でも怖いです。今、私がどんな状態か想像出来ないと思いますが……一番自分でも驚愕しているのが「思考がクリア」だということです。長期間の病床生活は……自分でも気付いていなかったのですが、思考に靄がかかっていました。それが晴れて……消えて……ああ、私はどれだけヤガンに甘えていたのだろうか……と」
おお。アイさんが饒舌だ。というか、彼女こっち系の女性だったのか。身長は低いけど、チャキチャキのお仕事できる系か。
「三沢さんの言う通り……私は自分の治療に専念したいと思いますし、徐々に良くなって来たという形にしたいと思います。同じ様な病状で苦しんでいる人に対して思う所が無い訳では無いですが……それによって命の恩人に迷惑をかけるほど、恥知らずではありませんから」
うん、良かった。そうして欲しい。頷く。
「ヤガン。嬉しいだろうが、それをうちの人間……仲間にもばらすな。徐々に、徐々にだ。これまで我慢してきたんだ。それを半年程度伸ばすのは、お前の耐久力なら容易いハズだ」
「はっ、了解しました。ボス」
今後、月に一度は三沢さんたちがウチに来て、状況確認や業務連絡等を行い、その場でスムージーを飲むことになった。
そもそも、アイさんは三沢さんの会社でエミさんと共に働いていたらしい。事務仕事全般は彼女の領域だそうだ。さっそく在宅勤務で請け負うとのことだった。
まあ。喜んでもらえたのであれば良かったし……今後、彼女がちゃんと完治でもしたら嬉しいんだけどな。ぬか喜びにならないといいんだけど。
それにしても、本気で適当に作ったグリーンスムージで、他人の人生を左右しすぎだ……。正直、ちょっと怖い。覚悟なんて出来てるはずがないもの。
癒術士とか……に転職しておいた方がいいんだろうか? 拳闘士をある程度こなして、気力について何か掴んだら、次はそっち系か。薬品のエキスパート……非戦闘職で、錬金術職人とかもあったよな……。
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