094:妙薬

 感動抱擁シーンはしばらく続いたが、ふと我に返ったのか、三沢さんが恥ずかしそうにエミさんを引き離した。


 まあ、そんなに嬉しいのなら実に良かった。というか……本当に消えたのか。

 ぶっちゃけ患部は見ていない。黒のパンツの下だ。なので治癒効果の確認は出来ていないが……って提供者がそんなんで良いのかな。


「御主人様、やはり、あの妙薬の効果はとんでもないです。目の前で肌が癒えて行きました。あの焼けただれた状態が何も無かったかの様に回復するなんて……聞いたことがありません」


 ……そりゃそうか。形成外科とか日夜そういう症例と戦ってるわけだしな。


「何よりもスゴイのは即効性です。飲んですぐに効果が表れるなんて……」


 まさにゲームって感じだろうか? 薬なんて良くても、飲んでから数十分後あたりから効果が発揮するものだしな。


「村野様……な、なんと言ったら、どうお礼すればいいか……」


 三沢さんも涙ぐんでいる。


「んー我々は「味方」なんですよね? なら問題ありません。「味方」というのはいざという時に自分の力になってくれるという事です。つまり、俺は自分の傷を治しただけ。ただ……口外するのは禁止ですかね」


「そ、それは勿論。というか……あの……こんな気軽に処方していただいて良い物なのでしょうか?」


 そうか。あまり深く考えて無かったけど、このスムージー……高いな。


「だってさっきまで臨床実験が不十分で結果が予測出来なかったですから……というか、今だってまだまだですよ? だって、肌が治ったのって、イコール表層部分の治癒ってだけだし? ……深層部分……というか、スムージーが浸透した場合。骨折が治るみたいですけど」


「確かに……」


 実証例は森下の一例だけだが。


「このスムージー……高くなりますかね?」


「売れば……ですね。それはもう……当然です。一杯……一億円出しても……という資産家も多いかと」


「面倒になるから売るのは辞めましょう。というか、基本内緒で」


「ええ」


「あ、あの……こんなことは言えた立場ではないと判っていますが……」


 取り乱していたエミさんが冷静さを取り戻した様だ。


「身内……うちの会社の身内の場合は……どうでしょうか? 実はどうしても……あの……」


 ハッとした顔をする三沢さん。心当たりがあるということか。


「さっきも言ったけど……身内ってことは「味方」って事ですよね? つまり、俺が危ないときには助けてくれるってことですよね?」


「そ、それはもう」


「あと、治らなくても怒らないですよね。お金取らないんだし」


「ええ。あの、あの妙薬は……一見すれば普通のグリーンスムージーですし、身体に良い飲み物ってことにすれば……そこまで期待もしないでしょう」


「なら良いですよ。水筒にでも入れて持っていきますか?」


「よ、良いの……です……か?」


「ええ。正直、結果としてスゴイコトに「今」はなっているけれど……そんな物だと思ってもいなかったですし。別に勿体ぶる気も無いですよ。この手のヤバい物の取扱い……慣れてるでしょう? 三沢さんのとこは」


「はっ。はい」


 三沢さんもなんとか、いつもの表情に戻ってきた。


「つ、使わせていただきたいのは……自分の部下のヤガン・マーシュ……の妻、アイ・マーシュになります。彼は私の部下なのですが、元々超一流の傭兵です。そんな彼が私の部下として日本を本拠地に選んだ理由は、妻が日本人であること……そして、その妻、アイが原因不明の大病を抱えているからなのです」


 大病って……。


「いやいや、あのですね、このスムージーの効果って傷跡とか骨折とか……外傷というか、怪我に効果があった……ってだけですよね? さらに病って……」


「その大病というのが……ALS系列の……徐々に筋萎縮、硬化の症状だったのですが……最近は他の症状も併発して、原因不明扱いになってまして。現代医療では為す術がないと、何一つ治療が進んでいない状態なのです」


 ……文字通り、不治の病というか、未知の病じゃないですか……。


「なので、今は……その……余命を充実させる方向で行動していまして……」


「覚悟してって事ですか」


「はい。ヤガンもやっと最近、それを受け容れた様です」


「まあ……蜘蛛の糸にも頼りたい気持ちは判らないでもないですが……何も起きなくても怒らないで下さいね? 変に期待させてもいやなので、効果は内緒で飲ませて下さい。ってそんな大病の方がスムージーを飲める?」


 点滴とか栄養はそういうのから取るんじゃ?


「為す術無しなので、退院して、自宅療養中です。今はまだ、普通に動けてますし、食事が出来ています。疲れやすく、動きにくいので、補助は必要ですが。そんな状況も多分……あと一年が限界ではないかと言われています」


「念のためにもう一度言っておきますよ? 期待はしないでくださいね? 実証例は外傷や怪我への効果しか確認出来ていません。病気は……」


「はい。その辺は十分わきまえてます。わきまえさせます」


「三沢さんに任せます」


「はっ」


 ああ、だから、その敬礼みたいなヤツをみんなでするのやめて。




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