091:家政婦の素

「忠誠はいらないかなぁ。他人を使えるほど人間が出来てないからさ。まあ、まずはちと見てみるよ……」


「ありがとうございます」


 と、言ってはみたものの。俺の気力に関する知識は天の声さんから教わった「闘気」に関する情報のみだ。それ以外は勘で判断してきた。

 さっきの気力の球だって、喉に絡まっているのが判ったから「ソレをほぐしても消す」イメージが出来たのだ。

 正直、彼女たちの体内に埋め込まれた気力の滞りはサッパリ見えてない。


 ソレこそ、何とか出来るのなら、森下さんの方の規制だったかも直したいのだが……うーん。


「すまん。表層には現れてない。ので見えん。何かある、感じはする。でも複雑で探る事も難しいな。俺は気力に関してはほぼ素人の様なもんだ。その、奴隷契約に関しても、森下さんの規制も良く判らないというのが正直な所だ」


「そうです……か。村野様の気力は凄まじいものがあります。なのでかなりの高レベルの使い手と、勝手に期待してしまいました、申し訳ないです」


 なんか、俺が悪い感じになってるな。くそ。


「で、どうなるの?」


「契約解除が出来ないとなると……我々は、村野様のお側を付きまとう事に……なりますね」


 おいおいおい。そんな、ご近所さんに言い訳できない展開……。


「却下だ。こちらにも生活がある。気絶させて三沢さんの所に連れて行くか」


「はい。申し訳ないです。ですが、多分、また、ここに向かってしまうかと思います。なので、拘束具で身動き出来なくする事を具申します」


 具申……自分たちを縛れって事か。ベッドに。うーん。そりゃなぁ……。


「それってさ、脅してる?」


「とんでもないっ!」


「普通にさ、考えれば。女性を拘束具でベッドに縛り付けておく様にするってさ。あり得ないよね……で? 君の希望は?」


「はっ。出来れば……お側に仕えさせていただければ」


 おいおい。


「仕えるってなに……」


「言葉通りです。我々は契約者のお側にいなければいけません。そう契約されています」


「……この家に……住むってこと?」


「家政婦全般の仕事はこなせます」


 いやいやいや……マジか。マジの顔か。その顔は。というか、隣の森下さんも同意なのか。頷いてるし。


「普通にさ、家政婦さん二人雇うってあり得ないよね……。一般的な家庭で」


「御主人様は一般的な力の持ち主では無いからこういうことになっているのではないかと……」


 そうか~そうだよね~ってオイ。さりげなく御主人様認定というか……。


「御主人様は……というか、正直、俺は君らに関わるつもりはないのに」


「では、なぜ、生かしたのですか……」


 目に涙……が。


「恨み節を訴えるのは間違っているのは判っています。ですが。ですが。私たちは牧野の命令で多くの……多くの人たちの命を奪ってしまいました。中には涙を流しながら、自分の命の代わりに娘を助けてくれと叫ぶ親子や、借金の代わりに売られた恋人を取り戻すために乗り込んできた若者もいました……。筋違い、見当違いなのは判っています。ですが……私たち二人は……私たちは……」


 森下さんも耐えているが、目から涙が流れ落ちている。


 ちっ。


 力が入ってしまっているのか、膝あたりを握っていた両手からギチギチと音が聞こえてくる。口……奥歯も噛みしめてるのか。口の端から血が溢れる。


 くそう。


「判った。仕方ない。俺の負けだ。つまりは、助けた野良猫の面倒は最後まで見ろということだな」


「……図々しくて申し訳ありません」


「俺が考え無しだった。とりあえず、ここに滞在することを許そう。幸い、モノを移動すれば部屋はある。二人でひと部屋で問題無いな?」


「はい、ありがとうございます」


「とはいえ、まずは安静にしろ。身体を癒やすことが最優先だ。用意してくるからここで座って待っているように」


「はい、いえ、場所をお教えいただければ作業は自分で……」


「自分の家だし、置いてあるのは家族の物だ。俺が片付けるよ」


 そう言って、今は使用していない部屋……若干離れになっていて、あまり物も置いてなかった部屋を片付ける。


 この部屋は昔お客様部屋に使っていたらしい。俺の生活空間からは若干離れているし、トイレ手洗いも付いている。残念な事に風呂はない。


 簡単に掃除機をかける。埃っぽいのは仕方ない。別の部屋から布団を運び込んだ。幸い……お客様用にメンテナンスしてあった布団セットが真空パック状態で保管してあったのでそれを並べておく。


「こっちのトイレ……二カ月くらい前に掃除して以来使って無かったな」


ジャー


 水を流してみた。うん、大丈夫……だろう。細かい掃除は、体調が戻り次第、彼女たちにやってもらおう。


「とりあえず、この部屋で休んでくれ。トイレは中にある。食事も用意する」


「はっ、ありがとうございます」


「が、最低限の掃除しかしていない。身体が楽になったらまずはこの部屋の掃除からしてもらうからよろしく」


「はい。畏まりました」


「今後のことは……それからだ。何か必要なモノがあれば、買ってこよう。とにかく休め」


 二人を部屋に押し込んだ。鍵は……まあ、いいか……。

 ダンジョンお籠もり用のグッズから、水と、携帯系の食糧、果物を持って来た。


 三沢さんに連絡を入れたところ、後で薬や治療用の機材を届けてくれるという。ありがたいありがたい。


 それにしても失礼だよな。三沢さんは見返り無く救助してさらに、リハビリまでしようとしてくれてたのに。


 まあ、アレだ、さっき言ってた牧野興産の隠し資金を差し出せば、許してくれるだろ。多分。そうしよう。



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