090:黒いジャケット

 実は帰宅後すぐに、一刻も早くダンジョンに籠もりたくて籠もりたくてたまらなかった。


 正直、昨日戦った後、すぐに、即行きたかったのだ。牧野戦以外でも自分はまだまだ足りてないと思うところが多々あったためだ。


 だが、さすがに、昨日の今日で諸事情の確認をしないまま、数カ月ダンジョンに籠もってしまうのははばかられた。


 ダンジョンに籠もれば、こっちの世界の人たちには一瞬のことでも、俺にとってはかなり昔のことになってしまい、本当にもう、どうでも良くなってしまう可能性が高い。というか、そうなる。


 それこそ……父母の怨み……とでもなればちゃんと維持できるかもしれないが、昨日みたいな戦闘は通過点であって、レベルが上がってしまえば何てこと無くなるだろう。


 時間は最高の薬……というのが外国のコトワザであったと思うが、俺の場合、昔からその傾向が強いのだ。

 両親の件が人生で一番重かったと思うのだが、それ以外で熱くなる、燃え上がる様な思い出は、ほぼ残っていない。


 なので三沢さんから諸情報を入手しようと思って寄り道(ダンジョン行き)せずに用事を済ませてきたのだ。なのに。


 あ~あ~。


 こりゃもう、全てにおいてドボンかもしれない。


 自分はそれなりに証拠隠滅に頑張っていたと思う。装備もね。物的証拠を残さない形にしてから向かったし、設備の各種電源を落とす、予備電源も落とすなんて感じで、あのビルに何が起こったか判らなくした。それこそ、足跡だって残してない。まあ、これは靴のおかげだけど。

 多分、俺ほどじゃないにしても、三沢さんたちも完璧に近いと思う。隠密行動のプロも居るみたいだし、警察に気取られる様なミスはしていないだろう。


 ここで改めて、目の前の黒スーツ女子二人をよく見ることにした。


 ちっ……目立つよなぁ……この身長、この衣装。今は外しているが、移動中はグラサンにマスクしていた……らしいが。なので美人とかその辺は判らないにしても、スーツ姿に長い髪、短い髪のペアは……いろんなカメラに映ってるだろうし。


 ちなみに、二人とも普通に高身長美人だ。二人とも俺と同じくらい……180センチはあるだろう。

 特に髪の長い方……えーっと。森下千穂だったか。は海外モデル級だ。切れ長の目はクールビューティそのものって感じ。


 フォローするわけじゃ無いが、並ばなければ短い髪の……松戸貴子の方も美人さんではある。


 さらに色気は確実に松戸が上だ。主に胸と腰のラインが。巨乳に詳しくないので判らないが、正直とんでもない。こちらも海外レベルだろう。


 今は、二人は黒いジャケットを脱いで手に持ち、白いシャツと黒いスラックス姿で座っている。


「で。理由は?」


「はい?」


「俺を着けて来た理由。君たちが「俺と君ら」そして「牧野との戦闘」について、三沢さんにも伝えていないのは判った。だからなんだ? なぜ、辛い身体に無理して、ここまで歩いて来た? そのせいで俺にとっても恩人の三沢さんにとっても不都合が起こる可能性が高いっていうのは理解しているか?」


「あの……お気づきではないのですか?」


「ん?」


「正直、私たちも御迷惑になるのは理解しています。気力が命に関わる力だと教えていただく以前に、身体のためにもベッドで横になっていた方が良いことも判っていました。が……」


「が?」


「私たちが操られていた際に施された規制文言……契約書みたいなものです。実際は奴隷契約書ですが。それには、


・御主人様に逆らってはならない

・御主人様から離れてはいけない

・御主人様の命を最優先にする


なんて感じの規則が書いてあります。自分たちも牧野が死んだことで解放された……と思っていたのですが」


 何それ。そうじゃないの?


「どこでどう絡まったのか……現在の御主人様は……村野久伸様、貴方様と認識されています」


 二人が深々と頭を下げた。……え? 何それ。


「ちょっ、ちょっと待って。え? 絡まったっていうのは何が? どういうこと?」


「すみません、私たちも理解の範疇を越えてしまっているので、詳細は分かりません。ですが……村野様が三沢様の事務所を訪れた際、我々は地下の診療施設におりました」


 うん、そうだよね。あの会社の地下は結構深くて、かなり広くなっている。あそこに数十名の社員さんが寝泊まりしているし、助けられた女の子も全員収容されている感じだった。ちらっとしか調べてないから、詳細は覚えてないけど、確認はしたからね。


「村野様が現れ、上階で打ち合わせをしている辺りから、完全に支配が再起動致しました。これはもう、私たちはどうにも出来ないのです。支配から抜け出したくても……身体が勝手に動き、どうにもならず、三沢様の会社を隙を見て抜け出し、ここまで着いて来てしまいました。それこそ、その時、足の骨が砕けて歩けない状態だったとしても、這ってでも後を追ったと思われます……」


 げげげ……なんだそれ……。


「正直……俺が自分から牧野のポジションを奪ったみたいになってるのってもの凄くいやなんだけど」


「はい。不本意に思われるだろうな……というのは……実際に戦わせていただいたので嫌というほど判っております。貴方は……私たちとの戦闘で常に、戦闘後の私たちの事を考えて戦って下さった。手先や足先などの末端を狙って身動きを取れなくするのはもの凄く難しいことだと理解しています。それこそ、脳や顎、鳩尾や内蔵等に激しい打撃を与えて……それこそ内蔵破裂させてしまえば、私たちは一発で動けなくなっていたでしょう。其の分、下手すれば死んでいたでしょうが。村野様はそれが出来るのに敢えてしなかった。出来たけどしなかった。牧野との戦いを至近距離で見ていただけに、特にそう思いました」


 まあ、そういうのは判るよな。というか、この二人、昨日の戦闘の最中のこと……全部覚えてるのか。薬使われてたから他の女の子と同じだと三沢さんは言ってた様な気がしたけど。


「正直、さっきまでは、ここに伺わせていただいたところでどうなるものでもないと思っていました。迷惑をかけてしまうだけだろうな、と。ですが、できるなら、先ほど私を直して戴いた様に、この不自然な奴隷契約から解放していただけないでしょうか? だ、代償として足りるかは判りませんが……牧野興産の隠し資産と我々の忠誠を捧げさせていただきます」



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