089:気力の操作

 自宅に近付くと、より一層尾行が明確化する。


(周りに人がいないからね。クッキリするんだよな。気配が)


 家に着く。尾行者二人はうちの斜め前の電柱辺りで立ち話のふりをして立ち止まったようだ。


 何か打ち合わせをしている。


 うーん。昨日の今日で……。


ピンポン


 チャイムが鳴った。玄関カメラが映していたのは黒いジャケット姿の女性が二人。


「はあ」


 近くなるにしたがって、素性が伝わってきていた。なので驚きはしない。が、厄介事になるのはごめんだ。


「……」


 よく見なくても判る。牧野に操られていた二人だ。俺の中では裸女Aと、裸女Bだな。


 そして、インターフォンを押しておきながら無言で立っているというのは、どういう了見なのか。問い質したい。


 問い質したいが、背の高い黒スーツの女が家の前に無言で立っているのは、隣近所に面目ない。


ガチャ


 玄関門の解錠ボタンを押した。更に家のドアの鍵も外す。


 二人はそのまま。何の小細工もしないまま、家に入ってきた。


 ウチは旧豪邸ってヤツなので、玄関に簡素な応接用のイスとテーブルが置いてある。


 首を振って、座る様に促す。


 四人掛けではあるが、俺も彼女たちも高身長だ。若干窮屈になりながら切り出す。


「で、何のようだ?」


 コイツらはまだ、出歩けるような状態じゃないハズだ。

 俺と戦った際に、手や足の骨を折っている。実際、裸女Bの右手はギブスに包帯が痛々しい。ファンデーションで隠してあるが、よく見れば、凍傷っぽい傷も多い。


 なんだ? 昨日の今日で歩くのもツラいはずだ……って、コイツらよく歩けたな。足の骨、折ったぞ? 確実に。


「よく歩けたな。病室から抜け出して来たって感じか?」


「骨は折れていますし、筋肉、神経等様々な部分で断絶しています。が。気力により別経路を構築。炎症を抑え、各関節がスムーズに稼働する様にサポート中です」


 裸女A、髪の長い方が答えた。薬の影響で話せないのかと思った。


「喋れるのな」


「はい。必要な事であれば」


 挨拶は必要だと思うけどな〜。


「わた、し、たち、は、あや、つ、ら、れ、て、いま、し、た。ひ、ひつょうない、か、かい、わは、きせい、されて、いま、す」


 スゴく話しにくそうに裸女B、髪の短い方が答えた。


「わ、た、しは、かのじょ、より、も、きり、ょくがおお、き、かった、の、で、こ、う、し、て、こ、と、ばを、はっす、る、こと、じ、だ、いを、きせ、い、され、ま、し、た」


 いやいや、今の台詞を言うだけでかなり消耗してる気がするぞ? そもそも、彼女たちは知っているのか?


「判った。では、喋らずに頷いてくれればいい。まず第一に。気力っていうのは生命力だ。しかも使い方が非常に難しい。ちょっとしたミスで命を落とす諸刃の剣だ。ソレを知っての上で使用していますか?」


 二人とも、激しく首を横に振った。やはり、知らなかったか。


「で、す、が、わ、たし、たちは、き、りょ、く、のせ、いぎょ、ほう、を、しり、ま、せ、ん」


 そうか。教わってなければ判るはずもないか。それにしてもこの話し方は……気力を操っているのか? それは牧野文雄のオリジナルな力なのか?


 取り合えず、まずは裸女Bの気力を細かく見ようと集中してみる。ああ、確かに何か喉の辺りに気力が螺旋に暴れているのが判る。んーコレを解除すればいいのかな?

 変な風に神経や脳に繋がっていないように見える。


 解除……消す、無くなれ、どけ、邪魔だ、消えろ! 


 あ。


 消えた。螺旋の円球が弾けるように飛び散った。


「?」


「どう?」


「え? あ、あれ? あの、牧野が死んだので、二、三カ月すれば、ちゃんと喋れる様になると思うのですが……」


 裸女Aが驚愕の表情で裸女Bを見る。


「ああ……喋れる、ちゃんと喋れてる……グスッ……五年間……喋れなかった、のに」


「牧野が死んだから放置でも治ったのか。余計な事だったかな。別に恩を感じなくていいよ」


「い、いえ、いいえ……ありがとうございました。喋れる事がこんなに嬉しいことだったなんて」


「そちらの規制はより複雑な様だ。なのですぐに解除は出来ないな」


 裸女Aが首を横に振った。


「さあ、これで話が進み易いかな?」


「は、はい。彼女の分も私が説明致します」


 心なしか、裸女Bの表情がキリッとしている。さっきまでと違う。


「私は、言葉だけでなく、思考や表情も滞るようにされていたのです。賢ぶりやがって、アホ面をさらせ……と」


 ああ~そういうことか。というか、さっきの螺旋球でそんな複雑な操作ができていたとは。改めて気力って自由度高いな…。


「まず、いきなり押し掛けてしまい、申し訳ありません。私の名前は松戸貴子。彼女は森下千穂といいます。ご存じの様に……牧野の操り人形として、操られていまし……た……」


 松戸の目から涙が零れた……。昨日の状況から考えれば、完全に操られていたのは明確だ。だが……記憶は残っていたのか。


「? 助かった女子の記憶は無かったと聞いたんだが」


「三沢……さん……には、他の女の子たちと同じで薬を使われていた時の記憶は無いと伝えました」


「なぜ?」


「村野様の事を伝えなくてはいけなくなるからです」


 ほほう。というか、そうか。俺と戦った時の記憶があるってことだもんな。


「伝えても良かったのに」


「いえ……しかし……村野様と牧野の戦いは……その……誰かに伝えて良いものではないと判断しました」


 そういうモノなんだろうか? 知られたら知られたでしょうがないと思うんだけど。



 

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