087:プロ達の大狼狽3

「保護した娘たち……どうするんです?」


「二名を除いて……薬が抜け次第、家に帰せるだろう」


「二名は……牧野に直接操られていた、元公安の森下と松戸って娘でしたっけ」


「……今さら現職復帰は不可能だろうし……もしも復帰しても社会的に一般生活は行えないだろうな。彼女たちは自分たちがやったことを全て覚えている。さすがにあそこまで追い込まれると精神的に脆くなる。しばらくはうちで面倒を見るしか無いだろうな」


「森下、千穂でしたっけ? ボスの友達の娘さんは」


「ああ。奴が奥さんと一緒に死んで、その娘が親戚に育てられているというところまでは知ってたんだが。警官になって、公安の極秘部隊に配属されてるとはな」


「本人曰く、武術の腕だけだったそうですよ? それを牧野に利用されてしまったと泣いていました」


「深い、な」


「ええ。少なくとも、即傭兵稼業って訳にはいかないでしょうね」


「だよなーとはいえ、放り出すわけにはいくまいよ。二人は牧野興産の様々な情報に触れて、さらに覚えている。村野様に説明した「核花」についてだって、ここまで詳細な情報となったのは、彼女たちの口述だからな。牧野は自分の力によほど自信があったんだろう……操っているのをいいことに、重要情報に触れる作業をさせられていたわけで」


 エミは顔を顰める。つまり……彼女たち二人は完全にコントロールされていたのだ。牧野が生きている限りその影響下から抜け出すことは出来なかっただろう。

 

 ロボトミー手術……はマインドコントロール……の最も禁忌とされた方法のひとつだが、世界の戦場では明らかに、ロボトミーの進化系ともいえる戦士たちが投入されている。

 つまりは、牧野のやり方は、その係累の一つと考えれば、非常に納得がいく。


 命令遂行に従順な兵士の狂戦士バーサーカー化。これは世界の軍隊の至上命題みたいなものだ。無人兵器、ドローンが大量に導入されるようになって来た現在、生身の戦士の必要性は常に問われているのだが、未だにその手の研究は留まることを知らないし、優秀な傭兵の需要も尽きることは無い。


「こうして考えると……牧野文雄が死んだのは……非常に大きかったのでは無いか、と」


「ああ、そうだな。ヤツはこの日本から「武器」を輸出する計画を企てていたらしいしな。武器や戦車の部品じゃない。「武器」そのものだ。拳銃携帯さえ禁止されているこの国で創り出せる「武器」。なんだと思う?」


「さあ」


 ボスが顔を顰めた。とはいえ、別に意地悪で答えたわけじゃ無い。正直、彼に判らないものが私に判るわけがないのだから。


「二人もそれに関しては詳細は知りませんでした。私に判るハズが」


「まあ、そうなんだが」


「ヤモリ……に接触させるんですか? 村野様に」


「ああ。多分、あの人の力は、牧野と同系統の日本独特の力だ。なぜ、あの力がこの国でしか見つかっていないのか良く判らないが……彼はその中でも特異すぎる。話した反応から、自分自身でも理解しているのは一部で、大半を認識できていないのでは無いか? と推測しているんだが。なので、情報はできる限り欲しと思うんだよな……と」


「そうですね……所謂世界標準の超能力者とは大きく異なりますからね……そもそも、あんなにムチャクチャな……アレを一人でやったんだとしたら。まるでおとぎ話のプリンセスが使用する魔法ではないですか」


 ボスが頷く。


「もしも、もしもだ。世界の戦場であの力が使われたら。ああ、まあ、今回の件があの人の力だと推定してだ。アレがプリンセス……プリンスの魔法で引き起こされた現象だとしてだ。戦力として換算した場合。現場指揮官としてはどう考える?」


「随分やる気のないプリンスですが……脅威とか脅威で無いとかの問題では無いでしょうね。やる気になれば、全ての国の中枢を破壊できますから。無政府状態にして混乱させるのも容易ですし、それこそ……先進国、例えば合衆国を対象にしたとしても、ホワイトハウス、ペンタゴン、主要な基地。それらを短時間に「消滅」させてしまえば、浮き足立つのは確定です。さすがに国の機構が複雑ですから乗っ取る事は難しいでしょうが、混乱に乗じて経済攻撃を仕掛けて、巨大なダメージを当たることは簡単でしょう。それこそ、少し考えただけで瀕死になるレベルでダメージを与えられます」


 ボスが、お茶を舐める様に飲む。ズズッと音がするのは日本では別に悪いことじゃないらしい。そばをすする時と一緒だ。


「なあ、ほら。どう考えてもさ。俺が彼に頭を下げて配下になったのは、そこまで悪い判断じゃ無かっただろ?」


「……ええ、そうですね。力は本物ですし、ダイヤも本物でした。村野様の行動や言動には嘘がありません。当然我々に明かしていない秘密はあると思いますが。しかし、別に依頼人としてお付き合いするっていう道もあったのでは?」


「それじゃ……もしも、彼が我々を「目障りだ」と判断した場合に即消されてしまう。個人ではないが……そうして壊滅した組織を幾つも知ってるからさ」


「ええ。ですので、ボスの判断は間違っていなかったと思いますよ。何よりもあの重圧の中、交渉できていたのが奇跡かと」


「でしょでしょ? あれ、凄かったよな~。正直、初めてだよ……。あんな圧力」


「アレは何なんですか? 以前言っていた「気」ですか?」


「……「気」の前段階……多分、意識の具現化とかそんな感じじゃないかな……。会話しようと意気込むと自然に発生してしまう威圧というか」


「そんな前段階のモノに翻弄されてしまうと。私ならともかく、ボスですら」


「俺も囓っただけだからなぁ……。「気」「気力」なんてのは、師匠にでも聞いてみるか……会いたくないけど」


 ボスの師匠……。とんでもなく強く、とんでもなく非常識としか聞いていないが。くせ者なのは確かだろう。少々、嫌な予感もする。



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