086:プロ達の大狼狽2

 いつもの様に……サポートとして同席する。ポジションも応接セットではなく、自分の机だ。ここで随時各所に連絡、インターネットで調べものをして、ボスに入れ知恵する。


 私の役割は基本ボスの手助け。セクレタリー、秘書業務だ。経理や財務なんかの事務仕事は別にお願いしているので、スケジュール管理、各部署との連絡、依頼人との交渉補助……なんかが主任務となる。


 目の前のサラリーマン、村野久伸……氏は特異点だ。ボスも言っていたが、かつて無い程に異様なのだ。


 さきほど、弊社を訪れた瞬間は……それほどではなかった。が。ボスとの会談がスタートしたと同時に、圧が変わった。


 メンタルパワーとでも言うのだろうか? ボスは「気」と呼んでいたが、我々の様な外国人には正直良く判らない。「禅」と似たようなものだろうとか思っていた。

 だが、ここまで強烈だと判りやすい。さっきからずっと、押されている気がする。何に? と言われると……村野氏に……としか答えようが無いのだが。


 まあ、いい。その謎は後日考えるんでいい。とりあえず問題は、余りにもあからさまなこの謎のパワーへの対処だ。


 精神的な圧力、威圧……とでも言うのか。この手のパワーを感じることが苦手な私ですら、座っている事務椅子から立ち上がることが出来なくなってしまった。


 ボスも冷や汗をかいているのが判る。というか、良く、対峙して会話を交わしていられるわね……と、私では強烈な力に抗うことでいっぱいいっぱいだ。


 彼とこうして直接会うのは今日で二回目だ。


 少なくとも前回はこんな酷いことにはならなかった。というか、隠していたのだろうか? 良く判らない。今日は本気……ということだろうか?


 事務机の隠し引出に、自分の銃が収まっている。正直、すぐに手にして狙いを定めて起きたい。何かあったら即対応出来るようにしておきたい。


 が。


 出来ない。どうすればベストなのかが判らない。少なくともボスはいきなり、こちらの所持している情報を公開し初めてしまった。


 悪手だ。ネゴシエートの仕方として明らかに悪手だ。初手からこちらの手の内の底を見せては、最終的な交渉しようなんていう気にはならない。そんなことはボスが一番わかっているハズだ。

 そもそも、うちの探索班、調査班が分析解析したにも関わらず、今回の件で得られている情報は非常に少ない。あり得ないくらい少ない。根本が判っていない。


 だが、しかし、確実に消えたのだ。廃工場の建物も、ビルの十八階から上も。


 最終結論としては「原因不明」「科学的論理での解析不能」だった。


 つまりは……各現場、戦場で毎回羨ましがられる、世界最高峰の技術を持つうちの戦場分析官兼ハッカーのファーターとミーシェが白旗を上げたのだ。


 と、あまりに少ないこちらの手、それを惜しげも無く露呈させていくいつもと勝手の違うボスの交渉。ヤモリから得た日本独特の裏社会の構造なんてAAAトリプルエーランクの極秘情報だ。


 私は……もう、ただ、集中して二人の話を聞いていることしか出来なかった。


 結果として。うちのボスは……自分よりも遥かに若い、あのサラリーマンに完全な白旗を揚げた。

 その理由、根拠となる説明を先方から与えられない状態での、完全降伏だ。


「エミ……彼が帰ってから……その、全く反応が無いのは……正直、怒られるよりも厳しいんだが」


 まあ、そうか。


「叱責するも何も……。そこら辺に転がる石ころかの様に袋からばらまかれたアレの分析が済んでからです」


 そう言った途端に、パソコンの画面にヴィデオホンの画面がポップアップした。


「ああ、結論が出たみたいですよ」


「エミ、これは何だ! どこ産だ? こんな高レベルの透明度、屈折率……明らかに人工じゃ無いにも関わらず、だ。キャラットはそこまでじゃないが、こんな石のシリーズは見たことも聞いたことも無いぞ? サンプルの小さい石じゃ確定したことは言えないが、写真の通りの数があるんだとしたら……一億は下らんぞ? とにかく、全部送れ、いや、送ってく」


 台詞の途中だったが、強制切断した。外見と台詞はいかがわしいのだが、宝石の目利きだけは信用できる。


「ということです。ボス。つまり……貴方が勝手に組んだ「村野様」は。優良顧客としても立場を得たということになります」


「……まあ、な。アレ……クズ石レベルみたいな事を言ってたよな……」


「ええ、言っていましたね。必要なら今後も用意できるような事を……」


「すげぇな……逆に怖いか」


「つまりは。ボス。貴方は非常に重要かつ、大きな分岐点で、価値ある交渉で先手を打ち、我が社に膨大な利益をもたらす可能性を手に入れたワケです」


 ボスの顔色があっという間に変化した。


「な、な? 間違いじゃ無かっただろ? 俺たちが生き抜くために必要なことなんだよ! さらに、儲かるっていうならさ! な、いいじゃんいいじゃん?」


「それはどうでしょうか……」


 まあ、この人は……ボスは根本的に運が良いのだ。だから、最終的な判断は任せて問題無いと思っている。実際にそれで命を救われたことは一度や二度では無い。


 私がこの会社で働いているのも、ボスに命を救われたからなのだから。





















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る