085:プロ達の大狼狽1
やばい、やばい、やばいやばいやばい……なんだこれ。なんだこいつ……いや、この人……。
俺の中の緊急信号が鳴り響き続けている。
この男……こないだ森下社長と一緒にここを訪れた男と……同一人物なのか? 全く違うぞ? 全く違う何かになってやがるぞ?
どういうことだ、これ。
「まあ、とりあえず、こちらへ……」
最初。入ってきたときは全く、その手の雰囲気をまとってなかったのだ。今、考えれば隠蔽していたのだろう。だが、俺と顔を合わせた瞬間に、解放して来やがった。
というか、こんなレベルになってるなんて聞いてない、聞いてないぞ? どう考えても怖ぇ。世界の戦場を飛び回ってきた俺の、心根ががたがた震えてやがる……。
もー早く言ってよー。
ダメだ。これは。正面から対峙しての交渉に絶えられない。俺が。どういう圧力だ。村野様はいたって冷静にこちらの話を聞いている。
弊社社長の職に就いている以上、交渉人的な能力も大いに求められる。ギャラの交渉がキチンと出来なければ、傭兵団の団長には成れない。それなりに「使える」「渡り合える」交渉能力を所持していると思っていたんだけどなぁ……。
「正直、話を聞いてしまえば、それは我々にとってマイナスになることが多い事案なのでは無いかと思うのですが……どうでしょうか?」
こう言うしかない。村野さん、いや、これは……「様」付けでいいんじゃないだろうか。
「さすがですね……私が昨日のことをお教えした場合、多分、そちらに大きな災厄が降り懸かることになるかと」
表情から何一つ彼の意志が読み取れないのも交渉が後手後手に回ってしまう原因だ。この男、人間なんだろうか?
人は、目の前の相手と会話する際に、様々なサインを表示する。まばたきや、手の動き、息のタイミング。言葉以外の要素を読み取って、こちらの有利になるように誘導するのがマインドリーディングのテクニックだ。
だが。目の前の彼にはセオリーが一切見当たらない。
もう、正面から勝負していくしか無いか……。小細工してて躓いたら、それはもう、即死に繋がる気がする。
幸い……方法は過激だが、思考のベクトルは我が社の方針に近い気がする。
本当の弱者には救いの手を差し出す。
これだ。
彼は、いや、本当に彼が一人で全てを成したのだとしたらだが、捕らえられていた女性をちゃんと救い出している。
大事の前の小事。強大な力を持つ者は、得てして、弱者を切り捨てがちだ。だが、彼はそれをしなかった。
牧野興産の生み出した新型ドラッグ。「核花」は社会に流通させてはいけなかった。アレを水際で食い止めたのは大きい。
だが。
個人的には彼女たちをあの段階で救出出来た方がありがたかった。というか、昔の友の娘が捕らえられていたとは思わなかった。
彼が動かなかったらどうにもならなかった。知らないまま、もし知っても放置せざざるをえなかった。
感謝してもしきれない。
今後もこういうケースが当たり前なら。彼に感謝する者は増加する。
その分、このペースで物事を進めるのなら、必然、敵は膨大に増え続ける。その数は感謝の数よりもはるかに多いハズだ。
本当は。今回、ここまで踏み込んで話をするつもりはなかった。取りあえず、関係を結び、時間をかけて細かい条件を詰めていく。ソレが普通。ソレが順当だ。
が。
敵を排除する。彼と一緒であれば文字通りそれが可能なのではないか? 例え全世界が、全人類が敵に回ってしまったとしても。
戦えるのではないか? 自分の信じる想いのために。
己は軍人だ、命令は絶対だと言い聞かせて、明らかに非戦闘員に銃を放ったあの時。あれは今も自分の根幹を抉り続けている。
正義の味方になりたかった。大人になり、それは適わないと理解した。だが。偽善者の味方にはなれるのだ。
偽善者であれば、五歳にもならないくらいの子供を撃ち殺す事は無い。泣き叫びながら我が子を差し出し助けを請う母親を無視する事も無い。
ソレが出来るなら。自らの命などくれてやる。ソレが可能なら。不可能な現実を突き付けられて酒に潰れたあの日をなかった事に出来るなら。
俺は。俺は何を……。何を考えている? 何をしようとしている? 何を言おうとしている?
「提案させてください。今後どの様な展開になるか判らない状況ではありますが……村野様とは共同戦線を張らせていただければ幸いかと。個人と会社ではありますが、同盟と思っていただいても問題ありません」
言ってしまった。明らかに早い。明らかに急ぎすぎだ。こんなのは交渉でもなんでもない。
だが、目の前の明らかに年下の男……村野様は……。それだけの価値がある。絶対にある。
俺だけの運命ではない。会社、そして俺の大事な仲間の運命を賭けるだけの存在な気がしたのだ。
これはもう……後で絶対に怒られるヤツだよなぁ。
エミなんて……あっちの席で身構えてる気がするけど……あいつも緊張してるのか? あ。ひょっとして打ち合わせよりも遥かに踏み込んでしまった俺の提案に、呆れてるとか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます