007:扉

「ク、クリエイト……メイクダンジョン……」


 言葉を呟いた瞬間……いや、呟かされた瞬間、目の前に光が出現した。


「眩し!」


 その光の強さに思わず、目をつぶってしまう。


 光が強いのもそうだけど、長い。これで良かったのだろうか? ヤバいことになってるんじゃないのか? 余りの明るさにやっちまった感が凄まじい。怖くなって……さらに目を瞑る。激しい光だが温度は感じなかった。


 正直、温度を伴わない光は薄ら怖い。この光に自分の身体が溶け出し、消えてしまうなんてことは無いようだが。


「マジか……」


 まぶたを閉じていても感じていた強い光が収まった。と思う。ゆっくりと目を開けてみる。


 モノが見えるようになってきた。すると。さっきまで無かった何かが、目の前に在るのが判った。

 動けなくなっていた体も、やっと動くようになった。


 扉、だ。


 部屋の真ん中……に、扉が出現した。あの某国民的アニメの あの様な……と言うと判りやすいだろうか。


 違いは……ドアの色が黒。ドアというよりも豪邸の扉……といった感じの細かい装飾が施されているところ。さらにその扉を囲っている枠のファンタジーな装飾も、か? いや、それにしてもマジか。


 こんなことって有り得るのか? いや、有り得るからこういう状況なんだろうけど。いきなりの大道具登場に、信じるしかないのだけれど、ドッキリとか手品であって欲しい。仕掛け人は完全に犯罪者だが。


 サイズとしては高さ2メートル、幅1.5メートルくらい。厚さは50センチといった所だろうか? かなりでかい。そして重厚感、圧迫感もスゴイ。何キロくらい有るんだろう? 板の間で良かった。これ、畳の部屋だったら絶対床が沈んでたな。

 

 おもむろに力を入れて扉を開ける。重い音と共にドアレバーが作動する。重厚な雰囲気とは違って、かなり軽妙な挙動だ。


 力はそれほど入れて居ないにも関わらず、ドアは動き、簡単に隙間が……できた。


 空気が。何処となく慣れ親しんだ我が家の匂いとは、微かに違う匂いのする空気が、空けた隙間から入ってきた。


 やはり。「どこ〇もドア」よろしく、この扉の向こうはこの家ではない何処か別の空間に繋がっている可能性が高い。

 芝居や映画、テレビ撮影の大道具じゃないようだ。さすがに今、体感した「空気感」をセットで再現できるとは思えない。


「ヤバい」


 俺は慌てて、扉を閉じた。そしてしばらく様子を見ることにした。最大の問題は「この扉は向こうから開くことがあるのか?」だ。


 扉自体は、この家に在るのだから、最低限のセキュリティで守られている。厳重とはいえないが玄関ドアや窓は雨戸付きのサッシで二重鍵が付いているし、常に施錠されている。家の敷地は塀に設置されたセンサーとテレビカメラは二十四時間侵入者を見張っている。

 そこそこ都会の住宅街の庭付き一軒家だ。豪邸……ではないと思うが、最低限これくらいはしておかないと、何か犯罪に巻き込まれたときが怖い。それこそ、祖父が生きていた頃は警備会社と契約してたらしいし。

 

 だが……この扉を通って泥棒が侵入するとしたらどうだろう? 単純に特大のセキュリティホール、ガバガバのガバだ。だって扉だもん。ドアだもん。


 純粋に見た目というか「どこ○もドア」の先入観のせいで、この扉は自分本位のモノと思いがちだが、扉である以上、向こうから開くこともあるという可能性を忘れちゃいけない。


 何それ怖い。


 俺の一人暮らしとはいえ、金庫には土地建物の登記簿、権利証、通帳に印鑑……ちょっとした形見の宝飾品なんかも置いてある。普通に窃盗被害を受ける可能性もあるわけで。家の中に扉があるなんて異常事態だ。


 慎重に1時間。バット片手に扉の前で待機してみたが、何も反応は現れ無かった。向こうから扉が開く気配は全く無い。部屋の中央に扉があるという違和感はあれど、何処をどう見てもこういうオブジェだ。


 待機中、考えていた事を実行する。


 自転車のチェーン鍵を持ってきてそれで扉を一周させて、鍵をかけた。車体全体をグルグルと縛り付けられるタイプなので、長さは十分に足りる。

 

かちゃ。


 良かった。固定できた。これで一安心だ。扉に鍵らしき仕組みは見つけられなかった以上、把手部分を巻き込んでこうするくらいしか思いつかなかった。これ以上どうにかするなら、チェーンと南京錠を買ってくるしかない。


 さあ。やっと若干の余裕が出来た。どうしてこうなった? 


 なんか強制的に呪文を唱えさせられて。あれ、どういう仕組みだ? 言わざるを得なかったというか……あんなコトあるんだな。強迫観念? こえぇな。精神兵器か何かか? 

 まあ、でも[完成の合言葉は「クリエイト・メイクダンジョン!」]……こんなん、書いてあったら最終的に唱えちゃうよな……試しに。言うだけならタダだし。


 でと。目の前に。おびただしい光と共に出現した、この「どこ〇もドア」。というか、あれ、呪文だったのか。やっちまったなーってヤツなんだろうか? ドッキリじゃないよな。隠しカメラ……俺に内緒で? 普通に犯罪だろ。


 そんな事を考えながら。グルグルしながら。じっくりと安全確認する。何か変化が……起こらない。十数分見つめてみたが、動きが現れることは無かった。装飾が見事で分厚くて重厚な枠組みと扉だけど、如何せん「どこ〇もでドア」だ。種も仕掛けもございませんというか、裏から見ても扉が見えているだけだ。これは……うーん。埒が明かない。


 仕方ない。


「遅いのですよぅ~何してたのですよぅ~」

「がっ!」


 うおっ。チェーン鍵を外して、扉を開け、中に踏み込んだ俺の顔に……何かが張り付いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る