008:妖精

「遅いのですよぅ~何してたのですよぅ~」


 うおっ。チェーン鍵を外して、扉を開け、中に踏み込んだ俺の顔に……何かが張り付いた。


 エイリアンだかなんだかの映画の「顔に張り付いてくるモンスター」を思い出して、引き剥がそうと力を入れたその瞬間。張り付いたモノが自ら離れ、目の前に浮いた。


 そして日本語を発する。


「遅いのですよぅ」

「へ?」

「へ? じゃないのですよぅ~待たせすぎなのですよぅ」


 目の前に浮かんでいるのは……小さな少女……体長15センチほどの羽の生えた少女だった。細かい意匠の施された複雑な貫頭衣……の様な良く判らない白い服。身に付けている装飾品も小さいながらに細工が細かく、非常に価値が高そうだ。


 そんな佇まいの小さい少女。髪の毛は白。瞳はの色は黒だ。というか、黒目がでかい。顔や手足の色が日本人の肌色にくらべてかなり白い。外国人の肌色……白人種よりも白いんじゃ無いだろうか?


 それがトンボの羽根の様な薄い白い羽根をはためかせて、俺の目の前に浮いている。うん。知ってる、こういうの何て言うか知ってる。


「フ、フェアリー?」

「違うのですよぅ~。そんな、魔物と同じに言わないで欲しいのですよぅ。私は迷宮創造主補助機構附属多方向対応支援妖精最終世代なのですよぅ。まずは名前を付けて欲しいのですよぅ」

「迷宮? 補助?」

「迷宮創造主補助機構附属多方向対応支援妖精最終世代ですよぅ。多方向で最終なので~偉いのですよぅ~。名前を付けるのですよぅ。でないと話が始まらないのですよぅ~」


 ですよぅ~の小さい「う」がうぜえ……。


 とはいえ。このチビの言う事が本当なら……迷宮創造主、補助機構、附属、支援……つまりは、ナビゲーターって事だろうか?


「……お前が……扉のことやこの場所のことをいろいろ知ってるということか?」

「知ってたり、知らなかったりするのよぅ~」


 どっちだよ。


 ちなみに、周りをチラッと見ると。足を踏みいれた扉の先は、白い部屋だった。何も無い。奥行きが見えない。正直、部屋であるかも良く判らない。どこまでも白い壁? に囲まれた部屋。俺の後ろには入ってきた扉が開いていて、その向こうには見慣れた部屋が見えている。


「なんでこんな……白い部屋なんだ?」

「無垢なのよぅ。全ては無垢から始まるのよぅ~そんなことより名前なのよぅ」


 どういう意味だ?


「な~ま~え~」

「お前の?」

「おまーえーじゃなくて~そう、私のぅ~」


 パタパタと……羽を動かして飛んでいるが、浮いている彼女からは何一つ、風が巻き起こっていない。肩よりも長い髪も必要以上に乱れていない。

 空気が対流していないってことなんだろうか? 顔の周りを飛ばれても、髪の毛がグチャグチャにとか、埃が舞飛ぶなんてことが無くて良いんだけど。


 んじゃ。


「シロで」

「シロぅ?」


 部屋だけでなく、お前が全体的に白いじゃん?


「シロ、シロ、シロぅ!」


 クルクルと旋回しながら、部屋を周る。あ。また……。


 再度。入り口の扉が出現したのと同じ様に、凄まじい光が目の前に溢れた。


 ああ、なんか覚えがアルぞっていう感覚の元、目をつぶり、しばらくジッとしていると収まって来たのを感じる。薄く目を開けると視界に物が表示されるようになって来ていた。


 目の前にあったのはソコソコ大きめな白壁、白床の部屋。二十畳くらいはある……か。


 大きめの会議用のテーブル? 周辺に椅子二つ。その脇に大きめのオフィスデスク。座り心地良さそうな大きめの椅子。そのデスクにはアームに支えられたモニターが幾つか。三つか。モニター多いな。株のデイトレーダーの机か?


「ここが迷宮機能集中総操作室になるのよぅ。ぜ〜んぶ操作するのだけれど……レベルが足りないのよぅ。何もかも足りないのよぅ。いってらっしゃいなのよぅ」


 次の瞬間。俺は。


 右手に剣、左手に小型の盾、多分バックラーを持って、立っていた。何を言っているか自分でも判らない。なんだこれ。


(あ?)

(頑張って倒すのよぅ。自分で創ったのだから簡単なのよぅ)


「あーあああああああああああ」


(うるさいのよぅ)


「なんじゃこりゃああああ」


(目の前が最初の部屋なのよぅ。ゴブリンなのよぅ。馬鹿で鈍いので切ればいいのよぅ)


 そんな中、未だ俺は絶賛パニック中だった。というか、こんなもん冷静で居られるか。


 しばらくして、やっと周りを確認する。ここは石畳、石壁、石の天井で囲われた通路のようだ。松明の光が揺らめいていて視界は保たれている。さらに、若干だが壁や天井の一部も発光しているようだ。それなりに視界は開けている。

 剣と盾だけでなく、着替えもしていた。見知らぬ服……厚手のネルシャツ、薄い革のジャケット、革のパンツ、革のブーツ。全体的にゴワゴワしている。本当に何だコレ。ジャケットは……なんとなく簡素な鎧の様なデザインになっている気もする。


 少し前方に開けている場所があり、そこから何か動いている気配が伝わってくる。


 シロはなんと言ったか。最初の部屋と言った。ゴブリンとも言った。つまり、あの先は広間でモンスターのゴブリンが待ち構えていることになる。


 強制着替えで着ている服の堅さに違和感を感じながら確認していく。剣と盾の質感がえげつない。何で俺はこんなことになっているんだろうか。


 何となく横薙ぎに剣を振るう。


シッ


 ん? 素人にしては、良い感じに振れてるな。


 先端が重くなっている。それにしても剣って振るんだったか? 突くのは違うよな。突き刺す? 取り合えずバットで殴り掛かる要領でいいか。


 って、その、剣を振るう気配に反応したのか、広間の向こうから緑色の生き物が此方を見ていた。見つかった? 見つかったね、これ。というか、見覚えがある。小鬼だ小鬼! 映画とかでスゲー見覚えがある。ゴブリンだよな? お前、ゴブリンだよな!


ギャギャギャギャ!


 耳障りな音が響く。鳴き声か? 今の。犬はワン。猫はニャー。ではゴブリンは? 答えはギャギャ!


 って、余計な事を考えている余裕はない! 思いっきり後ろに走る。といっても二十メートルくらいで行き止まり、俺が跳ばされてきたスタート地点まで、後退した。


 振り返る。


 ペタペタペタタタタタタタタと、裸足の子鬼が追い掛けてきていた。

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